【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第1話#06
第1話「セルシオ盗難事件を調査せよ!」
2nd マークX、千葉へ走る。
#6
マークXのエンジンがクールな唸り声を上げる。
車は首都高速2号目黒線から都心環状線を抜け、1号上野線、そして、6号向島線を通り、荒川を越えようとしている。
今日の首都高はそれほど混んでいない。周藤は迷いなくアクセルを踏み込み、先行車両を次々と抜いていく。向かう先にあるのは千葉県の柏市だ。
近年、自動車の盗難件数が多いのは、千葉県や愛知県、大阪府など。2013年は千葉県がワースト1位だった。
盗難台数を車種ごとに見ると、トヨタのハイエースが7年連続でトップ。乗用車では、トヨタのランドクルーザー、プリウス、セルシオ、クラウン、マークX、スバルのインプレッサなどが盗難車両ランキングの上位常連組になっている。
また、いすゞの小型トラック・エルフ、日野自動車の中型トラック・ヒノレンジャー、三菱ふそうの中型トラック・ファイターなど、いわゆる「働く車」もランキング上位に入っている。
車両盗難に対して自動車メーカー側もただ手をこまねいているだけではない。各社様々な対策を講じていて、昔から盗難の標的になりやすかったトヨタは現在、ハイエースやプリウス、マークX、セルシオなどは全車両にイモビライザーを標準装備している。
イモビライザーは、キーから発信されるIDコードを車体本体内のコンピュータ装置が認識し、一致しないとエンジンがかからないシステムだ。物理的にコピーしただけの合鍵では車内に侵入できてもエンジンがかからず、車両盗難に対しては有効なセキュリティシステムとされてきた。
でも、イモビライザーを突破する様々な手口が存在するらしく、イモビライザー装備車両の盗難は無くなっていない。
「イタチごっこ」というのは、どこの世界でもあるものみたいだ。
なお、イモビライザー装備車両の盗難事件において、保険会社が保険の支払いを拒否したため、民事訴訟に発展したケースもある。でも、最終的に、「車両が実際になくなっているために、盗難の事実を覆すことが困難であること」、「レッカー車で車両ごと持ち去った可能性が否定できず、その後イモビライザーを交換すればエンジンは始動できる」などの理由で、裁判所は保険会社に全額の支払いを命じた。
今回の調査対象者の所有するセルシオにもイモビライザーは装備されていた。閑静な住宅街で、犯人たちはいったいどういう手口を使ったと言うのだろうか。
目を瞑り、深夜の盗難シーンを思い起こそうとするけど、暗闇の中に犯人像は浮かんでこない。
「お前、もしかして眠いのか」
周藤から思わぬ呼びかけがあって、慌てて目を見開く。心外にもほどがある。
「いえ、そんなことはありません」
全力で否定しようと目で訴えるけど、こちらを振り向く気はないようだ。
「眠たかったら眠ればいい。俺は別に気にしない」
なんだか、否定するのも面倒だ。溜め息をこぼしたいのをぐっと我慢する。顔を反対側に逸らすと、車窓には千葉の少しのどかな景色が流れていた。
(続く)
登場人物
上山未来・ミキ(27):主人公。
周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。
松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。
河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。
上山恵美(53):ミキの母親。
小説:八木圭一
1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。
イラスト:古屋兎丸
1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001
イラスト車両資料提供:FLEX AUTO REVIEW
編集:ノオト
[ガズー編集部]
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