【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第1話#07

第1話「セルシオ盗難事件を調査せよ!」

2nd マークX、千葉へ走る。
#7

再び、資料写真の美しい車体に目がとまる。
もし自分が車を運転していて、この車が後ろについたら、道を譲りたくなるような存在感がある。
初代セルシオは、1989年に発売。もともと北米を主要マーケットにトヨタが立ち上げたブランド、レクサスのフラッグシップカー「LS400」として登場した。
キャデラックやベンツ、BMWなどがしのぎを削る高級車市場の牙城を崩すべく開発されたという。
そして、その妥協のない車づくりで、大衆車としての位置づけが強かった日本車のイメージを一新。LS400はアメリカで大きな成功を収め、日本でもセルシオの名で販売されることになった。
発売以来多くのファンを集め、いまなお中古車市場で人気も高いが、後継車種のレクサスLSに引き継がれ、2006年に生産は中止。セルシオの名はトヨタから消滅した。
今回の調査案件の場合、セルシオという人気の高級車とはいえ、8年近く経った中古車で、車両保険の額もそこまで高額というわけでもない。
保険に入ってから1年以上経過していることも合わせると、保険会社はそこまで慎重に調査をしないだろう。
イモビライザーとオートアラームという盗難防止装置がついていたし、車にキーをつけっぱなしにしていたわけでもない。
車両にキーをつけっぱなしにされた状態で被害に遭った場合は、所有者の過失に当たると判断されて、保険金が給付されないケースが多い。
ちなみに車の盗難場所は、屋外の自宅から離れた駐車場と、自宅横の屋外駐車場が多くを占める。自動車は車庫に保管すれば、かなりの確率で盗難を予防できるのだ。
マークXは首都高速6号三郷線で三郷ジャンクションを抜けると、常盤自動車道に入った。「柏IC」で高速をおりると、16号線を進む。周藤の運転は駐車場を出たスタートの時以外は、終始スムーズだった。
きっと周藤は運転が好きなのだろう。
柏市の市街地が近づいてくるとずいぶんと街が栄えてくる。市役所前を越えると、今度は住宅地が近づいてきた。
<目的地まで、およそ5分です>
カーナビの音声がそう告げ、車が減速をはじめた。
調査対象者の自宅の住所に接近していることを意味していた。車内の空気に緊張が漂ってくる。
調査対象者が住む、ガレージのない2階建ての一軒家が見えると、距離をおいて停車する。
「写真くらいは撮れるのか」
「はい」と答え、一眼デジカメを取り出した。望遠にしてアングルを変えながらシャッターを何度もきる。車がゆっくり動き出して、玄関の前を通り過ぎた。
一周してまた同じ場所に車をつける。すると、近くの家の窓から主婦らしき女性の目が光った。周藤が舌打ちする。が、次の瞬間には運転席のドアを開けて外に出ていた。
「お前は余計なことをするな」と早口で小さく吐き捨てて、ドアを荒々しく閉めた。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:FLEX AUTO REVIEW

編集:ノオト

[ガズー編集部]