【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第1話#09

第1話「セルシオ盗難事件を調査せよ!」

2nd マークX、千葉へ走る。
#9

周藤は車を移動させると、近くにあるコンビニの駐車場に入れた。
「トイレに行くならいまのうちだぞ」
「いえ、大丈夫です」
周藤が胸のポケットからタバコを取り出した。咥えたが、まだ火はつけない。火をつけかけてその手を止め、口を開いた。
「あの状況を見て、さっきの話好きなご婦人の話を聞いて、お前、なにか感じたことはあるか」
​ゆっくりと頭の中を整理する。
「まず、対象者の自宅は警備会社に入っている様子はなく、監視カメラはいまだについていませんでした。さきほどの女性の話を聞いて、過去にも高級車が盗難されていることを知って、さらに不審に思いました。普通なら、愛車を守るために、盗難防止の策をもっと講じてもいいはずです」
すぐに、「それだけか」と返された。もう一度、発見できたことを掘り起こそうとするけど、決定的なものは出てこない。でも、なにか言わなければと思う。
「裕福かどうかという質問の答えになんとなく、すっきりしないものを感じました。もしかしたら、あの女性がはっきり口にしなかったなにかがあるのかもしれません」
周藤は溜め息をつくと、あからさまにがっかりした表情を見せた。
「それだけなら小学生でも感じることだ。もっとまわりも見ろ」
「まわりですか……」
周藤がやっとタバコに火をつけた。
「対象者の家にカメラがついてなくても、近所の家に設置されていたら、証拠は残る」
なるほど、確かにその通りだ。もし仮にレッカー車が来たと言うのなら、絶対にどこかのカメラに収まっているはず。
「だが、俺が見た感じ、前の家の監視カメラも、その隣の家の監視カメラも、微妙な感じであの家が死角になっている」
「すみません、気がつきませんでした」
周藤がタバコを吸い終わった。
「いいか、もう一度一周するから、視野を広げて、そのへんをしっかり見ておけ。撮影もだぞ」
「はい、わかりました」
マークXは再び動き出すと、ゆっくりと調査対象者の家を通過した。
確かに近所の家に設置された監視カメラから、調査対象者の家は死角になっている。仮にレッカー車が来たとして、別の方向から出て行けば、映っていなかったとしてもおかしくない。
やがて、マークXがじわじわと加速していく。
「常に、視野を広く持て。そして、時間があるときに、撮影した動画や画像にミスがないか、確認しておけ」
「はい、承知しました」
わたしはいま調査をしている。いつの間にか、充実感を噛み締めていた。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:FLEX AUTO REVIEW

編集:ノオト

[ガズー編集部]