【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第1話#15

第1話「セルシオ盗難事件を調査せよ!」

3rd ヨタハチ、鎌倉へ走る。
#15

店内に足を踏み入れると、運良く窓際のソファ席が空いていた。
「いい席が取れたね」
真由子はタイカレーを、わたしはカルボナーラの大盛りをオーダーした。
真由子は、足を組んでソファの背にもたれかかる。スタイルがいいので何をしても絵になるのだ。身長を5センチでいいから分けてほしかった。モデルポーズを決める真由子をスマホで撮影して、早速フェイスブックにアップする。
今日、真由子に会いたかったのは業界の話をいろいろ聞きたかったからでもある。
昔から勉強ができた真由子は、難関の私立大学を卒業後、当時業界2位の大手損保に入社した。テレビのCMでもよく見かける会社だ。エリア総合職というものを選択したらしく、基本的に地方への転勤はないそうだ。
損保業界は1996年の保険業法改正と日米保険協議決着以降、自由化による外資の参入や経営統合、再編が進んだ。現在は上位3つのメガ損保グループで9割以上を占める寡占状況にある。
「真由子も偉くなって、うちの会社に調査の依頼をしてよね」
「うん、わたしの力なんて微々たるものだけど、担当部署の知り合いに一応言っておくよ」
真由子は入社からしばらく横浜の支店で働いていたけど、現在は新宿の本社勤務だ。同期と交際していた時期もあったが、彼が地方に転勤になり、しばらく遠距離恋愛をしていたが別れてしまった。
「もう社内恋愛はないの? 真由子の会社の男性社員なんて、条件的にはものすごくいいでしょ」
真由子が大げさに右手を左右に振った。
「いない、いない。本社はかなり年上の人が多いしね」
「そうなんだ。でも、真由子の会社は大手だし、給料いいよね」
「総合職の給与はかなりいいよ。エリア総合職のわたしたちとは全然違うから。でも、もうみんな結婚して、地方にいるよ」
真由子が窓の外に目をやった。
「そっか、もったいなかったね」
「いや、そうでもないけどね。わたし、ずっと都会で育ったから、友達もみんなこっちだし」
会話は続く。
「真由子だって平均的な収入に比べたらずっといいでしょう」
「うーん、恵まれている方だとは思う。でも、わかっていると思うけど、自動車保険業界は少子高齢化社会の影響をもろに受けて大変なんだよ。高齢者ドライバーの事故は増えているし、一方で、若者は車離れしているしさ。不安要素ばっかりで、この先はどうなるかわからない」
座学で何度も出てきた話だ。日本の財政状況や自分の老後に思いを馳せ、切なくなる。結婚できるかもわからないし……。
まぁ、悲観ばかりしていても仕方ない。きっと、わたしにも明るい未来があるはず。そう願って、父はわたしに未来(ミキ)と名付けてくれたのだから。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

[ガズー編集部]