【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第1話#17

第1話「セルシオ盗難事件を調査せよ!」

3rd ヨタハチ、鎌倉へ走る。
#17

時計を見ると17時近くになっていた。真由子が窓の外に目をやったので、つられて視線を移すと、あたりはもうすっかり夕闇に包まれ始めている。
「最近、日が落ちるのが早くなったよね」
冬至が近づいているのだから、それもそのはずだ。
「うん。明日は仕事だし、帰りたくないけど、そろそろ行こっか」
会計をして店を出ると、柄の悪そうな男たち3人が、わたしの車をじろじろと舐め回すように見ていた。ちょっと気持ち悪い。真由子と目を合わせて、お互い眉をひそめる。
十中八九、絡まれる気がする。でも、考え過ぎかもしれない。嫌な予感はしたけど、無視して車に近づく。しかし、ドアにキーを差し込むと、案の定声をかけられた。
「おっさんの車かと思ったら、かわいい女の子が乗っているのかよ」
「運転させてくれよ」と聞こえたが、相手の方を見ずに、ドアを開けた。でも、男が強引にドアに手を挟んできた。
「なあ。少しくらい、いいだろ」
虫酸が走る。
「ちょっと、やめなさい」
突然、真由子が声を張り上げたので、わたしも驚いた。
「今日は非番だけど、わたしたちは警官よ」
真由子が再び、毅然とした態度で声を発した。男たちが面食らったように後退りする。その隙にわたしはシートに滑り込んで、ドアを強めに閉めた。ロックをかける。
「それじゃあね。交通ルールをちゃんと守りなさいね」
真由子はそう言うと、助手席に乗り込んだ。わたしはキーをまわして、エンジンをかけようとした。しかし、音がするだけでかからない。
もう一度まわす。いつもエンジンをかけるときとは少し違う感じがする。かからない。男たちの視線が気になる。窓をコンコンとノックされた。
もう一度、まわす。いつものような手ごたえを感じる。アクセルを踏み込み、駐車場から急いで車を脱出させた。
バックミラーに映った男たちの情けない姿が小さくなって、真由子が笑い出した。
「あー、スッキリした! エンジンのかかりが悪かったのにはちょっとドキドキしたけどね」
「まったくもう、焦らせないでよ。この車は繊細なの」
真由子は学芸大学駅前のマンションに住んでいる。遠回りになるけど、送っていこうとしたら断られた。
真由子を降ろしたあと、家の近くでTSUTAYAに寄る。せめて、プライベートの時間を使って観察眼を養おう。スパイシリーズの特集コーナーに向かう。007もミッション:インポッシブルも、チャーリーズ・エンジェルもシリーズ全作観ている。
1970年公開の邦画「女秘密調査員 唇に賭けろ」が目に留まった。なんか、すごいタイトルだ。企業戦争に美人スパイが絡むストーリーらしい。
ちょっと、わたしとも、わたしの仕事とも違うけど、もしかしたらなにかヒントがあるかもしれない。レンタルして店を出て、車に乗ってから、ひとつ忘れていたことを思い出した。
せっかくホットヨガの会員になったのに、最近全然通っていない。家に帰る前に、寄っていくことに決めた。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:FLEX AUTO REVIEW

編集:ノオト

[ガズー編集部]

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