【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第1話#19

第1話「セルシオ盗難事件を調査せよ!」

4th ミキ、調査する。
#19

ミキは早朝から1人で電車に乗り、柏市に向かった。睡眠時間はあまり取れていない。眠い目をこする。
でも、手がかりは着々と集まってきている。
自宅周辺で聞き込みを行ったところ、調査対象の夫婦に対して、あまり好意的とはいえない答えが返ってきた。
「あの奥さんはパチンコが仕事みたいなものだから」
「あそこの旦那さんは出世しているみたいだし二枚目だから、モテるらしいわ。奥さんがダラしなくて関係が冷えきったみたい」
「旦那さんはほとんど見かけないわね。ほぼ別居状態なんじゃないかしら」
これだけ陰口を叩かれるということは、近隣住民に嫌われているのだ。
役割分担して、わたしは妻の由佳を、周藤は夫の雄介の方を洗っている。どうやら雄介には愛人がいるらしい。
妻はギャンブル中毒、一方、夫には愛人がいて、ほぼ別居状態の可能性あり。もし事実ならば、いくら稼ぎのいい旦那の収入でも、家計にゆとりがあるとはいえないのではないだろうか。
「いいか、俺たちは警察でもなければ、浮気調査をしている探偵でもない。調査に時間はかけられないからな」
周藤の言葉は、保険調査の厳しさを言い表していた。
「わかっています」
そう返しながらも、もどかしさを感じずにはいられない。明らかに怪しい調査対象者がいるのに、調査に費やせる時間は限られているのだ。
警察なら、一度捜査方針を立ててしまえば、できる限り多くの資料を入手するために捜査を行う。探偵事務所の浮気調査なども、依頼があれば調査を続けられる。大手の探偵事務所だと、5人くらいのチームを組んで対象者を徹底的に追いかけるようだ。
ちなみに、浮気調査にかかる費用は、例えば1回の尾行につき30万円、報告書の作成に20万円。うまく3回以内で証拠を押さえられたとしても、100万円近い費用がかかることもあるらしい。自分も調査関係の業務をしてみて感じることだけど、人件費を考えたら、それほど法外な価格ではないと思う。
浮気調査の場合は、夫が調査対象なら妻、妻が調査対象なら夫というように、依頼主たちが同時に調査の協力者となる。
警察の捜査とも浮気調査とも違い、わたしたちは、ある程度決まった期間内で最善の方法で調査を行い、その報告をしなければならない。正直、運に左右されるところもかなり大きいと思う。
調査3日目からいきなり1人で放り出されて驚いた。でも、時間がない状況で2人で担当するのだから、別々に動いた方が効率的だということはわかっている。
とにかく、やるしかないのだ。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:MEGA WEB

編集:ノオト

[ガズー編集部]