【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第1話#20
第1話「セルシオ盗難事件を調査せよ!」
4th ミキ、調査する。
#20
今日で調査は4日目。あっという間だ。
昨日は周藤の指示で、夜まで笠松家の張り込みを続け、柏駅前のホテルに宿泊した。夜中にお風呂に入って、風量の少ない、やる気のないドライヤーで髪を乾かすのにものすごく時間がかかった。
昨日、夫の雄介は結局帰宅しなかった。周藤が会社帰りの雄介を尾行して、ワンルームマンションに入ったところを確認したという。
夫婦関係が破綻していることは明らかだ。
まさか、だからこそ、2人で謀ったのだろうか。車も家も引き払って、それぞれ新しい生活を始めるとか……そんなわけないか。
もし、2人に、もしくは妻か夫どちらかに協力者がいるとしたら、と考えてみる。家族、親戚、友人、知人、誰だろう。
すでに盗難事件が起きた日から時間が経っている。このまま調査を続ける中で、仲間に謝礼を渡す場面を押さえられるとか、そんな都合の良いことはあるだろうか。
そうか、保険金が支払われたらそういうことがあるかもしれない。
銀行振込などの手段を取ると証拠を残すことになるだろうから、きっと手渡しするはずだ。でも、それが支払われる前に、支払うべきかどうかを調査するのがわたしの任務なのだ。
なんとももどかしい。
「報告書を作成するための素材は、明日で集めきらなければならない」
昨夜、周藤から電話でそう告げられ、わたしは焦っていた。
笠松由佳本人の姿を、まだ一度も写真に収められていないのだ。昨日、彼女が自宅に帰ってきたときは動揺してしまい、うまく撮影ができなかった。
できればパチンコをしている姿を撮りたい。でも、今朝、笠松家の近くで待機していたというのに、どうやら外出するところを見逃してしまったらしい。焦ったわたしは、近隣のパチンコ店に向かってみたが、まだ本人を見つけられてはいない。完全にドジを踏んでしまった……。
3つ目のパチンコ店に入って、台を見定めるようにしながら歩いていると、ついに由佳を見つけた。動悸が早まる。ずいぶん玉が出ているようだ。
周藤から、「アグレッシブに攻めなければいけないときもあるが、相手には気づかれるなよ」と何度も言われている。そのたびに「もちろん、わかっています」と返答していた。
パチンコの経験はほとんどないが、パチンコ好きな庶務の加納淳子に一通りのことは教わってきた。通路を挟んで斜め後ろの台に座る。
撮影についてはかなり練習を重ねている。席に座ったまま何度かトライしてみたが、角度がやや微妙だ。席を立ち、トイレに向かい、歩きながら撮影してみる。
今度こそ、撮れたはずだ。女子トイレの中で写真を確認してみる。
やはり、バッチリ撮れている。でも、これだけでは保険金の不正請求の決定的な証拠にはならない。ないよりはましなレベルだろうか……。
肩を落としながら、台に戻ると彼女は姿を消していた。
しまった!
(続く)
登場人物
上山未来・ミキ(27):主人公。
周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。
松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。
河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。
上山恵美(53):ミキの母親。
小説:八木圭一
1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。
イラスト:古屋兎丸
1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001
イラスト車両資料提供:MEGA WEB
編集:ノオト
[ガズー編集部]
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