【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第1話#23

第1話「セルシオ盗難事件を調査せよ!」

5th ミキ、壁にぶつかる。
#23

会社に行くと、ホワイトボードの周藤の欄に《直行直帰》と書き込まれているのが見えた。
字がきれいなので、電話を受けた誰かが代筆したのだろう。
周藤は社長が強引に引き入れたということもあり、かなり自由行動が認められていて、これまでもこういうことはよくあったという。
もしかしたら、わたしを置いて調査に行ってしまったのだろうか。このまま席に座っていていいのだろうか。落ち着かない。
やはり、昨日のミスが気になって、松井社長のところに報告に行く。
パソコンのモニターに向かっていた社長が顔を上げた。
「社長、せっかくチャンスをいただいたのに、申し訳ありません」
「ん、なにが」と首を傾げる。知らない振りをしているのだろうか。
でも、警察沙汰になったのだ。なにも知らないはずはないが……。
「柏市の盗難案件です」
「ああ、昨日は大変だったみたいだね。そのことなら気にしないで」
やはり、わざと知らない振りをしたのだろう。
「気にしないでと言っても……。あの女性は保険会社にクレームをしたのではないでしょうか。いくら正当な行為とはいえ、もしうちの会社に損害を与えてしまっていたら、申し訳ありません」
うちは、保険会社から調査を依頼されている立場なのだ。気にしないわけにはいかない。
社長が立ち上がった。
「周藤君も仕方なかったと言っていたから。自分の責任だって」
それは意外だった。本当だろうか。
「だって、最初の案件だよ。初めから活躍されたらこっちだって困っちゃうよ」
「でも、軽率でした。今後このようなことがないようにいたしますので、このまま調査員でいさせていただけないでしょうか」
社長が嬉しそうに笑った。
「うん、もちろん。しっかり振り返りはして欲しいけど、もう気にしないで。今回の案件は、周藤係長が責任を持って1人でまとめるって言っていたから」
1人でまとめるということは……。
「わたし、見捨てられたってことですか」
「いやいや、そんなことないよ。最初はあんなに嫌がっていたけど……。たぶん、僕の感覚では、いまは君の事をかなり評価していると思うよ」
それは、周藤がわたしのミスを「自分の責任」と言ってくれていたことよりも、もっと意外だった。
「あ、ところでさ、昼は誰かと予定ある?」
最近はずっと昼を柏市で過ごしていたから、五反田でのランチは久しぶりだ。
「じゃあ、ちょっと遅めにランチ行こうか。僕はこの後アポイントがあるから、13時になったら1階で待ち合わせで」
社長が美食家なのは社内では有名だ。なにをご馳走してくれるのか、ワクワクしながら報告書をまとめはじめた。
でも、やはり昨日のこと……自分が犯したミスを振り返ると、恥ずかしく、情けなくなってくる。笠松由佳に罵倒されているシーンはもう思い出したくない。でも、忘れる訳にはいかない……。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:MEGA WEB

編集:ノオト

[ガズー編集部]