【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第1話#24

第1話「セルシオ盗難事件を調査せよ!」

5th ミキ、壁にぶつかる。
#24

松井社長の運転するシルバーのアウディA8が現れた。
約束の時間に少しだけ遅れることは電話で聞いていた。契約駐車場に車を停めて、社長が走ってくる。
スタイリッシュなイメージの松井社長にアウディは似合っているな、と思う。
「待たせてごめんね。じゃあ、行こうか」
周藤と同じく背が高いが、こちらの背中には優しさが滲み出ている気がする。
五反田駅前に向かう社長を追いかけていくと、手前で路地裏に入り、案内されたのはいかにも年季の入った洋食屋だった。
店内も外観同様、昭和のレトロ感が漂っている。
「ここは昭和25年創業なんだ」
頭の中で計算してみると、もう65年近くも営業していることになる。
テーブル席が空いていなくて、カウンターに2人で腰掛ける。マダムからメニューが手渡された。
「オムライスもハンバーグも、カニコロッケも、なんでも美味いけど、裏メニューのハヤシライスがまた絶品なんだよね」
「そうなんですか。では、ハヤシライスで」
わたしが即答すると、社長が頷く。
「ここ、ライスがけっこう大盛りだけど大丈夫?」
「わたし、ごはんが大好きなので、大盛りがいいです」
それを聞いて、社長が嬉しそうに目を細めた。
キッチンがガラス張りになっていて、シェフが調理する様子がよく見える。
運ばれてきたのは、シルバーのポットにたっぷり盛られた黒いルー。そして、大盛りのライスだ。
「いただきます」と言うと、社長の声とかぶった。
黒いルーを一口食べてみる。少し苦味のきいたコク深い味わいのあとに、牛肉と玉ねぎの旨みがしっかりと広がっていく。
わたしが他の店で食べるハヤシライスは、赤くて甘めのルーが多い。この見た目、この味はかなり新鮮だ。
「あのドミグラスソース、見て」と、社長が鍋を指した。
「あのソースさ、創業当時からのもので、今のシェフが先代から引き継いで、継ぎ足しながら使っているんだって」
65年近くも営業を続けるには、どんなにか苦労があっただろう。
「シェフの背中を見ていると、なんだか励まされるんだ。プロの背中だよね」
社長は昼食の間、仕事の話を一切しなかった。
それでも、だからこそ。
わたしは、社長から大きなエールを送ってもらった気がした。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:MEGA WEB

編集:ノオト

[ガズー編集部]