【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第1話#25

第1話「セルシオ盗難事件を調査せよ!」

5th ミキ、壁にぶつかる。
#25

​20時10分から、個室のある居酒屋を予約していた。店の場所は五反田だけど、会社とは駅をはさんで反対側だ。
スマートフォンのメッセージを確認する。
《ごめん、いま会社出たから、5分で着く》
《無理言ってごめんね。2人だけなんだし、ゆっくりきて》
メニューを眺めていると、やがて、「いらっしゃいませ」という威勢のいい掛け声が聞こえて、桜川が襖を開いた。
「ちょっと遅くなっちゃったね。ごめん」
桜川は、同じ会社で調査報告書を作成するライターだ。同期で歳も近い。
セルシオ盗難の件で相談したところ、会社帰りに急遽付き合ってもらうことになった。人を放って置けないタイプの人間なんだな、と思う。
「こっちこそ、ごめんね。忙しいのに急に相談なんかして」
桜川には恋人がいると噂に聞いていた。こんなふうに2人で食事するのは、相手にちょっと悪いような気がする。
「いや、頼られると俺も嬉しいよ」
各案件の正式な報告書を書くのは、桜川が属する調査報告書のチームだ。だが、これも案件を振り返るための作業だと思って、ミキのほうでもレポートを作成していた。
「レポート読ませてもらったよ。警察沙汰になるなんて大変だったね。調査対象者に関しても、かなり怪しい印象を受けた」
「うん、この前の件は、本当に反省してる。でも、今後同じ失敗をしないために、ちょっと相談に乗ってもらいたくて」
「凹んでいるのかと思ったら、やる気満々だね。やっぱりメンタル強いな」
過去の失敗に落ち込み続けていてもしょうがない。それよりは、今後どう改善していくか、だ。社長にも「しっかり振り返りはして欲しいけど、もう気にしないで」と言われたし。
「実は今日、社長に励ましてもらったの。だから、落ち込んでいる場合じゃないなって」
桜川が感心した様子でグラスを傾けた。
「やっぱり社長はかっこいいね。今回の件で取引先の最大手から契約が打ち切られるかもしれないのに。懐が深いな」
え、と声が出て、その後が続かない。契約打ち切りって……。そんなことは一言も聞いていない。桜川がわたしの動揺に気づいたようだ。
「ごめん、まさか聞いてなかった?」
コックリと頷く。背中に冷たいものが走った。
「今回のケースでは、ミキちゃんが相手に見つかってしまったことは仕方ないよ。だって、現場に入ってまだ1週間も経っていなかったんだから。1人で尾行させたのなら、周藤さんの責任もあるだろうし」
桜川が慌てたようにフォローの言葉を続ける。
「ミキちゃんに1人で尾行させる前に、アドバイスとかはあったの?」
それはあまりなかった。わずかに首を振る。
「でも、聞けば基本的には教えてくれる人みたいだから、もっといろいろ聞けばよかったとは思う。今後はそうするけど……」
「みんな応援しているから、きっとミキちゃんなら大丈夫」
励ましは嬉しかったけど、会社にかけた迷惑の大きさを改めて認識して、それが頭から離れなかった。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:MEGA WEB

編集:ノオト

[ガズー編集部]