【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第1話#26

第1話「セルシオ盗難事件を調査せよ!」

6th マークX、厚木へ走る。
#26

わたしが調査でミスをしたことはもう動かせない事実だ。でも、今後のために改善策を考えたい。そう思って相談に乗ってもらった桜川に、今回の件で大手損保会社からの契約打ち切りの可能性があることを聞き、目の前が真っ暗になっていた。自分のせいで、会社に大きな損失を与えてしまっているのだ……。
五反田駅から会社に向かう足取りが重い。
8時半、フロアに到着すると珍しく周藤が朝早くから出社していた。いつもは定時の9時にいることは少なく、遅れてくることが多い。
「おはようございます」
「おう、調査に行くぞ」
パソコンのメールをチェックする間もなく、急ぎ足の周藤に続いて、会社を出た。いつもの駐車場から出てきたマークXに乗り込む。
もう、彼の吸うタバコの匂いにもかなり慣れてきた自分がいた。
先日わたしがミスをしたセルシオ盗難事件の調査で、神奈川県柏市に向かうのかと思っていたら、到着したのは厚木市だった。
やはり、わたしのせいで、もうあの事件は調査できなくなったのだろうか……。
荒っぽくファイルを渡される。新しい案件の資料だ。
今回の調査対象者は、26歳の女性銀行員・矢口理恵だ。
半年前、矢口が厚木駅前で自転車を運転していたところ、自動車に追突された。自動車側にあまりスピードは出ていなかったようだが、矢口は転倒して腕や足に擦り傷を負った。
「自動車損害賠償責任保険支払請求書」、「交通事故証明書・交通事故発生届」、「事故発生状況報告書」、「診療報酬明細書」、病院の「診断書」と「通院交通費明細書」、「休業損害証明書」も添付されていた。
加害者の自賠責保険と任意保険により、すでに賠償金が支払われているが、今回追加で、後遺症についての賠償請求と、休業損害、慰謝料の請求があった。
病名は、むちうち症とある。後遺症の代表的な症例で、いろんな意味でやっかいなものでもある。むちうち症は、ほとんどの場合、被害者の自覚症状を根拠に診断せざるを得ない。専門医でも決定的な診断を下すことが難しいと言われている。
交通事故の場合、損害には2つの種類がある。交通事故の被害者が、事故に遭ったために支出せざるを得なくなった金銭が「積極損害」。一方、交通事故にあったために得ることができなかった金銭が「消極損害」だ。休業損害については、1日あたりの収入(基礎収入)×休業日数で計算される。
「慰謝料」とは、財産的損害のほかに、精神的苦痛も交通事故の損害賠償の対象に含まれる。交通事故に遭った場合に受ける悲しみや恐怖など、精神的損害を償うためのものだ。
事故の後、自転車の費用を含め30万円が支払われているけど、それでは足りないと増額を求めてきている。保険会社は一度突っぱねたが、矢口は納得しなかったようだ。
一般的にこういうケースで調査会社が利用されるケースは稀だ。でも、資料に「半年前と態度が豹変」の文字がある。保険会社はその背景を探りたいのだろう。申請が適正なものかどうかをわたしたちは調査して報告しなければならない。
備考欄に汚い字で周藤の書き込みがある。
〈ネット検索/家賃は管理費込みで68,000円程度〉
周藤もインターネットを利用することに驚きがあった。イメージと少し違うが、実は陰で様々なリサーチをしているのだろうか。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:MEGA WEB

編集:ノオト

[ガズー編集部]