【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第1話#27

第1話「セルシオ盗難事件を調査せよ!」

6th マークX、厚木へ走る。
#27

​山手通りから、首都高速三号渋谷線に入った。
マークXが一気に加速する。道は、やがて東名高速道路に切り替わった。このルートは、プライベートのドライブで何度も通ったことがあるので、なじみがある。
海老名ジャンクションを抜けて、首都圏中央連絡自動車道に入り、海老名インターチェンジで下道に降りた。
調査対象者の矢口は、むちうち症に加えて、右腕が自由に動かないという。病院の検査、医師の診断では骨に損傷はなかった。
保険会社の担当者がしつこく問い詰めても絶対に不正を認めなかったらしいが、怪しさを払拭することはできなかったため、我々が追加の調査を依頼されたわけだ。
43号線を走り、厚木駅を抜けて10分も進むと、すぐに矢口の住むマンションが姿を現した。まわりの建物に比べて新しい物件だ。
「絶対に、見逃すなよ。自転車で出てくるかもしれないからな」
そういうと周藤は目を閉じた。
時刻はすでに10時近い。対象者が自宅にいる可能性は低いのではないだろうか……。そう思いながらも、中央と駐車場のエントランスを見張る。
30分経ってから、午後ティーとツナのおにぎりを取り出した。ゆっくりと、あまり音を立てないように咀嚼する。途中でコンビニに寄った際、昼食を用意して置くように言われていた。
それから1時間半ほど経った後、周藤が欠伸をしながら目を覚ました。
「どうだった?」
「さっぱりです」
2時間張り込んでいたが、マンションから出てきたのは、関係のなさそうな人物ばかりだった。
周藤が大きく伸びをした。
その時、マンションの前に1台のタクシーが到着した。日産・クルー。既に生産は終了しているが、タクシー向けに製造されただけあって、今なお一般的な車種だ。周藤がそのタクシーをじっと見つめている。
しばらくすると、矢口がマンションから出てきて、タクシーに乗り込んだ。
真っ白いコートの中は、きっと短いスカートだろう。髪型も時間をかけてきちんとセットされている様子だ。デートだろうか。
周藤を見ると、寝ぼけ眼から鋭い目つきに豹変していた。マークXのエンジンをかける。
矢口を乗せたタクシーはすでに出発し、わたしたちの後方の交差点で右折している。
「右折です」と、わたしが声を上げるのと同時に、急に車が発進した。周藤はマンションの駐車場入り口にマークXの頭を突っ込ませたかと思うと、左手で助手席のシートのわたしの頭の横を鷲掴みにした。右手でハンドルをいっぱいに切ってバックさせる。一気に切り替えして方向転換した後、タクシーの方に向かって走り出した。
周藤はすでに助手席から手を離しているけど、なんだかわたしはドキドキしていた。これってあの“壁ドン”と似てない?
すぐに右折前の一旦停止があって、今度はシートベルトに身体が押し付けられる。さっきまで眠っていたくせに。急に真剣になった周藤に、男の色気のようなものを感じていた。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:MEGA WEB

編集:ノオト

[ガズー編集部]