【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第1話#28

第1話「セルシオ盗難事件を調査せよ!」

6th マークX、厚木へ走る。
#28

交差点を右折すると、まもなく調査対象者の矢口理恵が乗ったタクシーを発見した。車間距離をとりながらタクシーを追いかける。駅前に向かっているようだ。
ほどなくして、厚木駅前の信号で停まる。
「追いかけろ。絶対に見失うなよ。駐車したら連絡する」
頷いてから、すかさず車を降りて、矢口を追いかけた。
同じ失敗はしない。前回みたいに気づかれないように、と気を引き締める。
しばらく歩いてから、矢口の足が止まった。スマートフォンをいじっている。誰かと待ち合わせをしているようだ。
こちらも待ち合わせの振りをしてその場に留まる。すると、周藤がゆっくりと近づいてきた。
「待ち合わせか? 相手はまだのようだな」
「あの、なぜ場所がわかったのですか?」
周藤が不気味な笑みを浮かべた。
「元刑事のカンてやつだな」
もしそれが調査という仕事において重要なものだったら、わたしが手に入れるのは難しそうだ……。
「来たぞ」と言われ、振り返ると、黒いスーツに身を包んだホスト風のイケメンが彼女を目指して歩いていた。彼氏だろうか。すぐに手をつないで歩き始める。
カバンに隠したビデオカメラを回しながら近づく。2人は駅ビル内の旅行会社の前で足を止めた。海外旅行のパンフレットを見ている。幸せそうな笑顔だ。矢口は彼しか視界に入っていないようで、こちらを気にする様子はない。セブ島やペナン島、モルディブなど、南国のビーチリゾートのパンフレットをいくつか手に取っている。
その後、2人はレストランに入っていった。
周藤が胸ポケットから煙草を取り出した。
「お前は今のうちに、さっきの映像がしっかり撮れているかを確認してこい」
急いで近くのカフェに入り、早送りしながら撮影内容を確認する。問題ない。2人が手をつないで歩く様子がバッチリ映っていた。
再び周藤と合流する。しばらくすると、矢口たちが立ち上がって移動を始めた。見つからないように身をかがめる。会計は矢口が嬉しそうに行っている。
2人は店を出た。むちうち症で、かつ右腕が自由に動かないという女性が、男と手をつないで元気いっぱい歩いている。あまり怪我をしているようには見えない。
「ラブラブだな」と周藤が溜息交じりにつぶやいた。
2人はそのまま、ホストクラブのあるビルに入っていった。これがいわゆる「同伴出勤」というものなのだろうか。
外に出ている大きな看板を見ると、すぐに相手の男の名前が判明した。「蓮斗」と書いてある。もう一度、ビデオをまわす。写真の大きさからして、この店ではかなり人気のあるキャストらしい。
初回料金は2時間で2000円だという。指名料は一体いくらかかるのだろうか。
「わたし、店に入って撮影してきましょうか」
提案してみたが、変な間があく。
「いや、お前が個人的にどうしてもホストクラブに行きたいなら別だが、もう十分だ」
確かに、たった1日で、様々な調査資料を手に入れることができた。あとは、担当者が判断するだろう。もう任務は完了だ。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:MEGA WEB

編集:ノオト

[ガズー編集部]