【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第1話#29

第1話「セルシオ盗難事件を調査せよ!」

6th マークX、厚木へ走る。
#29

厚木駅前の駐車場に停めてあったマークXに近づくと、周藤がリモートキーでロックを解除した。
あたりはもうすっかり夕闇に包まれている。駐車料金の支払いを済ませた周藤がドアを開けて運転席に乗り込むと、わたしの目を見ずに午後ティーのペットボトルを差し出してきた。
「え、わたしに、ですか?」
「俺は、コーヒーしか飲まない」
そう言うと、缶コーヒーのプルタブを上げた。
受け取ったペットボトルは温かい。
「ありがとうございます」
周藤はお礼を無視するように、缶を傾けて、喉を鳴らせた。
マークXにエンジンがかかり、車内が暖かくなっていく。手の中には、周藤から手渡された温もりも。
今回は少なくとも、足手まといにはなっていないはずだ。柏市の案件よりは前進できただろうか。
「お前、痩せているくせに、随分と食いしん坊らしいな」
嘲笑うように投げかけられたが、事実なので認めるしかない。
「ええ、まぁ」
わたしが食べるのが好きで大食いなのは、会社ではもう知れ渡っているのだろう。もしかしたら、社長から聞いたのかもしれない。
「じゃあ、せっかく厚木に来たんだし、シロコロホルモンでも食べていくか」
意外な提案に驚いた。周藤は会社の飲み会や行事には一切参加しないことで有名なのだ。
聞きたいことは山ほどある。それに、これで少しは距離をつめられるかもしれない。
「厚木といえば、ホルモンが有名ですもんね。でも、いいんですか?」
思わず、笑顔で聞き返していた。
「いや、冗談だ。どうせ車の運転があるから酒も飲めない。早く帰ろう」
突き放すような冷たい返しだった。
「はい……」と力なく答える。
周藤は平然と車を発進させ、タバコを取り出した。周藤もわたしも窓を開ける。
海老名インターチェンジから首都圏中央連絡自動車道に入り、そして東名高速道路へ。東京方面に向かう車の数は少なくなかった。
周藤は無言でマークXを運転している。
東名川崎インターチェンジを越えた。もうすぐ東京に入る。
会社が近づくにつれて、柏市のセルシオ盗難事件の調査が気になってくる。どうしても確かめておきたい。
「周藤係長」
「なんだ、シロコロの恨みか」
「いえ、あの……。セルシオの夫婦の件、諦めちゃうんですか」
周藤はなにも言わない。タバコの残り香とともに、重たい空気が車内に充満していた。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:MEGA WEB

編集:ノオト

[ガズー編集部]