【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第1話#30

第1話「セルシオ盗難事件を調査せよ!」

6th マークX、厚木へ走る。
#30

「わたしのせいで調査が中止になってしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいです」
涙が急にあふれ出てきた。普段、涙もろい方ではないのに、なぜかコントロールがきかない。
「お前、自分のせいで調査が中止になったと思っているのか? それは自意識過剰というやつだ」
え? どういうことだろう。周藤の方を向く。わかりにくい優しさなのだろうか。わたしのせいではないと、あえて否定してくれているのだろうか。
「お前はどうしてあの夫婦を怪しいと思った?」
ハンカチで涙を拭う。気持ちを落ち着かせる。
「妻はギャンブルにはまっていて、金遣いが荒く、夫には愛人がいて、ほぼ別居状態です。夫の給与だけで、そんな暮らしを維持できるのか。金が必要になってもおかしくはない。保険金不正請求の動機はあると思いました。それから、セルシオの装備です。あの日の夜、近隣住民は誰もなにも聞いていないと言っていました。イモビライザーもオートアラームも装備されていて、そう簡単に他人が盗めるものなのか、疑問に感じます」
「それだけか?」
「どういうことですか」
「仮説を立てろ。もし、あの夫婦が芝居を打つとしたら? 誰を使って、何をする? お前があの2人の気持ちになって考えてみろ」
言われてハッとした。すぐに妻の気持ちになる。
「怪しいのは妻の方です。もし、わたしだったら、子供を使います」
周藤がファイルを渡してきた。確かに周藤は備考欄に子供のことを書いていた。
「あの夫婦には子供が2人いる。長男は問題なさそうだが、長女の方が怪しい。前科などはないが、夫に補導歴がある」
「じゃあ、その長女と夫がセルシオを持っているんですか?」
「いや、すぐに第三者に売ったはずだ。娘夫婦は、セルシオを売った金を手にする。で、母親が手にするのは保険金の240万。もちろん、関係が破綻した夫の方は知らないだろう」
「なるほど……」
「だが、これはあくまで、俺たちが調べた要素から立てた仮説だ。証拠がなきゃダメなんだ」
「そんな……。わたしたちにはなにもできないのですか」
「今度は娘の気持ちになって仮説を立ててみろ」
盗んだセルシオを売るためには、イモビライザーをなんとかしなければならない。いや、母親と共謀していたのなら、キーをもらえば問題ないのか。
どうやって車を売るだろう。盗難車だから、バレないようにパーツごとに分解して海外へ? でも、その場合は手に入る金は少なくなる。もしも娘夫婦が、なるべく高く売りたいと考えた場合は? 分解せず、そのまま日本で販売するだろう。きっと、身近なところで「訳ありの車両」と伝えて売るのではないか。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:MEGA WEB

編集:ノオト

[ガズー編集部]