【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第2話#05

第2話「カーシェア事件を調査せよ!」

1st 車を擦ったのは誰なのか?
#05

河口純と一緒に会社を出て、駅に向かって歩き始めた。
「純先生はなにを食べたいですか」
「ミキちゃんの食べたいものならなんでもいいよ。というか、さすがにいまは2人きりなんだから、『純先生』はやめようよ」
「だって、純先生だもん」
松井社長に教えてもらった老舗の洋食屋さんに向かう。
東五反田の路地を入ったところにあるレトロな店だ。昭和25年創業で、シェフは2代目。レンガ造りの外観も、内装も当時のままらしい。
五反田の人気店で、昼時はいつもほぼ満席だ。今日は、カウンター席がちょうど2人分空いていた。
「雰囲気のある店だね」
「社長に連れてきてもらったんです」
店の名物である裏メニューのハヤシライスをすすめると、純は即決した。注文を終えると、真顔で話し始める。
「実は、父さんが心配していてさ」
「え、なにを?」
「てっきり、社長の秘書にでもなるのかと思ったら、現場の調査員になって、しかも周藤さんの下についたって聞いて、動揺していたよ」
「あの仁先生が動揺するなんて」
純が真面目な顔をしたまま続ける。
「そりゃあ、動揺も心配もするだろう。この先、事故や事件にたくさん関わっていくことになるんだよ。ミキちゃん自身が何かトラブルに巻き込まれないとも限らない。父さんにとって、ミキちゃんは娘みたいなもんなんだから」
調査員は、安心安全な仕事とは言い切れない。それは百も承知だ。それでもわたしは、調査員(オプ)になりたかった。ものごとの本質を見極める力をつけて、いつか、父の失踪の謎を解明したい。
「仁先生にはずっと見守ってもらい、本当にありがたく思っています。気をつけながら仕事をがんばります」
そう答えてから、きっとわたしをインスペクションに紹介したことを後悔しているのだろうなと、ちょっと申し訳ない気持ちになった。
「周藤さんとはどうなの」
「今はまだ足を引っ張ってばかりですが……でも、なんとかついていって、技術を盗もうと思っています」
ハヤシライスが運ばれてきた。たっぷり盛られた牛肉とタマネギ、それに黒いルーが、このハヤシライスの特徴だ。
「うん、おいしい。さすが、グルメなミキちゃんのおすすめだけあるね」
「わたしじゃなくて、松井社長ですけどね」
店を出る時、純が素早く支払いを済ませてしまった。自分の分を渡そうとすると、断られる。
「そりゃあ、おごるよ」
「いえ、ダメですよ」
「経費で落とすから気にしないで。実際、打ち合わせもしたし」
微妙だけど、お言葉に甘えることにした。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:FLEX AUTO REVIEW

編集:ノオト

[ガズー編集部]