【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第2話#06

第2話「カーシェア事件を調査せよ!」

1st 車を擦ったのは誰なのか?
#06

わたしがランチを終えて会社に戻ると、周藤はデスクでパソコンに向かっていた。
「河口先生は、セレブなご馳走をおごってくれたのか?」
会計をまかせてしまったことを素直に言うべきか、一瞬迷った。純は一応クライアントだ。仕事とプライベートをごっちゃにしてしまったようで、なんとなく後ろめたい気持ちがある。
「い、いいえ、断りました」
周藤があきれたように笑っている。
「お前、演技が下手すぎるだろ」
元刑事相手に、確かに、今の嘘は下手だったかもしれない。
「別におごってもらうのはいいんじゃないかと思うが、嘘が下手すぎるのは、調査員として問題だな」
「すみません……」
しかし、口調は嫌味なものの、決して機嫌は悪くないようだ。なぜだろう?
「それにしても、貧乏くじを引かされたな」
「貧乏くじ、ですか」
周藤は警視庁捜査一課の刑事だったという。殺人事件など大きな案件ばかりを扱う花形の部署だと聞く。小さな案件はやりがいを感じないのかもしれない。
ただ、まるで他人事のような発言が少しひっかかった。
「でも、まあよかったじゃないか」
またよくわからない言葉が投げかけられる。
「え、なにが、ですか?」
素直に質問する。
「見習い中のお前にとっては、ちょうどいい案件だな」
「わたしにとって……」
周藤がカバンを持って立ち上がった。
「なにせ、クライアントがお前のことをいたくかわいがっている弁護士事務所だからな。少しくらいミスっても怒られないだろう」
言いたいことがなんとなくわかってきた。自分が指名を受けた案件をわたしに丸投げするつもりなのだ……。
「自分の好きなようにやってみろ。壁にぶつかったら、その時は相談しろよ。まあ、まずは今日のうちに電話で、3人のうちの最初に利用した男性に当たってみることだな」
資料がまるごとわたしに手渡された。いや、正確に言うと、わたしの机の上に放り出された。
「わ、わかりました」
慌てて資料を開く。今のうちになにか聞いておいた方がいいかもしれない。
でも、周藤は今すぐにでも会社を出ようとしていた。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:FLEX AUTO REVIEW

編集:ノオト

[ガズー編集部]