【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第2話#07

第2話「カーシェア事件を調査せよ!」

1st 車を擦ったのは誰なのか?
#07

出かけようとする周藤を前に、わたしは資料を手にしたまま身動きが取れなくなった。
経験のない案件をいきなりひとりでまわさなければならなくなったのだ。今のうちに聞けることは聞いておかなければならないのに。
背の高い周藤がわたしを見下ろした。
「弁護士先生のさっきのお言葉を覚えているな?」
「え、と……」
いろいろ言っていたけど、どの言葉のことを指しているのだろう。
「やっかいな案件だが、車は擦っただけなんだ。時間をかけている暇はないからな」
それだったか。
確かにこの案件については、周藤とわたしが2人で調査を担当するのは得策とは言えないのかもしれない。仮に犯人を特定できたところで、それほど多くの報酬は見込めないのだ。
わたしが修行を兼ねて、1人で動く。無茶振りのような気がしたが、それが理にかなっているようにも思える。
「明日も俺は直行直帰だから」
周藤はこの後もすぐ出かける様子だ。今を逃したら、明日も直接相談することはできないということか。
「今日のうちに明日の動きを考えてスケジュールを組んでおけ。依頼人の男性はもちろん、その前の利用者の女性にも直接話を聞け。マークXは自由に使っていい」
鍵を渡された。
「ありがとうございます」
「戻すときは、ガソリンを満タンにしておけよ」
そういうと、ホワイトボードにNR(直帰)と書いて出て行った。
周藤の背中を見送ったわたしは、頭を働かせようとする。とりあえず、事件を整理してみよう。紙に相関図を書き出してみる。
今回依頼してきたのは、傷を発見した会社員の男性。このままでは賠償することになると、一番困っている人だ。その前に利用した女性は専業主婦で、カーシェアリングの会社からの問い合わせには協力的だという。だが、その前に利用した男性は知らぬ存ぜぬの一点張りで、話はまともに聞けていないそうだ。
明日、もし可能であれば、依頼人の男性と主婦の女性に話を聞きに行く。それと、車の傷がどんなふうにつけられたのか、調べてもらっている修理工場にも行こう。
まずは、カーシェアリングの会社が車両確認をした後、最初に利用した男性に電話する。会社員だから、18時以降にかけるべきだろう。18時10分になるのを待ってから、受話器を持ち上げた。
留守電だ。どこかでホッとする自分がいる。
〈わたくし、総合保険調査会社インスペクションの上山と申します。またお電話差し上げます〉
きっと、調査なんて面倒だと思われているはずだ。
15分後に折り返しの着信があった。ナンバーディスプレイのおかげで、先ほどかけた男性だとすぐにわかる。
〈もしもし、あんたさ、いったい、誰なの?〉
耳に入ってきたのは、刺のある、とても冷たい声だった。予想していたことではある。
わたしは受話器を握り直した。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:FLEX AUTO REVIEW

編集:ノオト

[ガズー編集部]