【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第2話#29

第2話「カーシェア事件を調査せよ!」

4th ミキ、拉致される!
#29

わたしはチェロキーの助手席で固まっていた。車は方南町に確実に近づいている。
怖いけど、わたしが危害を加えられる可能性は低い気がしている。でも、あきらかに状況はよくない。
​「相手はあなたたちの高級車を擦って、きっと、怖くなって逃げたんでしょうね。なめたわけではないと思います……」
なんとか彼をなだめようとして発した言葉だったけど、舌打ちが聞こえた。
「お前、絶対に犯人突き止めろよ」
そ、そんな。突き止めようとしてやってきて、ダメだったのだ。
「突き止めて、どうするつもりですか?」
タカヒロはフロントガラスの先を睨みつけたまま、ドスの利いた声を発した。
​「きっちりと落とし前つけさせるしかない」
まさか、指とか落とされるのだろうか。
「あ、あの、落とし前ってどんなことですか?」
言ってから、自分の声が震えていることに気づく。
「お前には関係ない。俺たちの流儀を貫くだけだ」
流儀って、なんなのだろう。東京湾にでも沈められるのだろうか。
「ちなみに、ぶつけられたのは何日の何時頃で、場所はどのへんかわかりますか?」
タカヒロはすぐに詳細な日時を口にした。
それを聞いて、確信した。犯人はまず間違いなく、おかしなタイミングで傷跡の報告をしてきた田中卓也だ。きっと、ベンツに擦って、怖くなって逃げ出したのだろう。そして、母親が息子の様子を心配して河口綜合法律事務所に相談したのだ。
「お前さ、犯人がわかってるんだろ?」
「いえ、わかりません」
必死に否定した。このままでは、田中が危ない……。
「それで、あの、修理代はおいくらくらいかかったのですか?」
「まあ、数百万だな」
擦った程度だ。いくらベンツでもそんなにするだろうか。
「そ、そんなにはいかないでしょう……」
タカヒロにまた睨まれた。
「お前らにたどり着くまで、どれだけ大変だったと思ってやがる。ここまでの時点で、かなり手間暇かかっているんだ」
それはそうだろうけど……。
足が震えてきた。
「だから、早く教えろよ。お前が見つけられないなら、可能性のあるやつの名前と居所を教えろ。こっちでなんとかする」
「ごめんなさい。守秘義務があるので教えられません」
タカヒロが声をあげて笑い始めた。そして突然、その笑い声が止まった。
「お前まで痛い目にあいたいのか? こっちはもう、お前の立派な家も、ボロい愛車も、モデル風のお友達のことも、全部わかってるんだぞ」
最悪だ……。

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:MEGA WEB

編集:ノオト

[ガズー編集部]