【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第2話#31

第2話「カーシェア事件を調査せよ!」

4th ミキ、拉致される!
#31

周藤が運転するマークXは、環状七号線を南下している。
わたしは助手席で固まったままだった。さっき感じた恐怖がまだ残っている。
周藤のほうは、なにごともなかったようにタバコをくゆらせていた。
「すみませんでした」
特に返事はない。
「周藤さんが助けてくれなかったら、わたし、どうなっていたか……」
恐怖から少しだけ解放されて、ホッとしたのか、涙が溢れてくる。
赤信号で停車して、周藤がやっと、こちらに顔を向けた。
「ありがとうございました」
もう一度、頭を下げた。
「お前はまだまだ人を見る目がないってことだ」
図星以外の何物でもなかった。今度は悔し涙が溢れ出す。
「調査員、今度こそ、やめたくなったか?」
両手を握り締めていた。
「いいえ、ますます、本質を見極める目を養いたいと思いました」
本心だった。あっさり騙された自分が腹立たしかった。真犯人だった田中卓也にも、そして、タカヒロにも……。
「てことは、いい勉強にはなったみたいだな」
それは間違いなかった。
「はい、周藤さんのおかげで、いろいろ学ばせていただきました。本当にありがとうございます」
「俺に礼を言うより、心配してくれた弁護士先生に感謝しろ」
周藤はやっぱり、ただの皮肉屋の上司ではない。
わたしのことを助けに来てくれて、やさしい言葉までかけてくれた。いつもはあんなに憎たらしい上司だけど。
もし、周藤が助けに来てくれなかったら、わたしはどうなっていただろう。
それにしても、休みの日だったのに、なぜ、わたしがいる場所がわかったのだろうか。
「ひとつだけ、聞いていいですか?」
周藤はなにも答えない。
「周藤さん、どうしてわかったんですか?」
「なにが」
面倒そうに返事があった。
「わたしがあの場所にいることが。襲われるかもしれないって、なぜ」
周藤はフロントガラスに向けて、タバコの煙を大きく吐き出した。
「前も言ったが、元刑事のカンてやつだ」
出た、意味不明の発言。
「お前は、たった1人の部下だからな」
マークXがゆっくりと停車した。涙を拭って外に目をやると、わたしの家の前だった。
「明日から新しい調査だ。家に帰ってさっさと寝ろ」

(続く)

登場人物

​上山未来・ミキ(27):主人公。

周藤健一(41):半年前、警察から引き抜かれた。敏腕刑事だったらしいが、なぜ辞めたのかは謎に包まれている。離婚して独身。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

松井英彦(50):インスペクションのやり手社長。会社は創業14年で、社員は50人ほど。大手の損保営業マンから起業した。

河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

上山恵美(53):ミキの母親。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:MEGA WEB

編集:ノオト

[ガズー編集部]