【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第4話#1
第4話「スパイ事件を調査せよ!」
1st インスペクションに訪れた危機。
#1 嫌がらせ
わたしは、会社に向かう電車のなかで、父の手紙のことばかり考えていた。
母は海外旅行に行ったきり戻ってこない。連絡が取れず、いつ帰ってくるのかもわからない状況だ。いったい、どこをほっつき歩いているのだろうか。
こんなタイミングでいなくなるなんて、わたしから逃げているとしか思えない……。
五反田駅で電車を降り、会社に向かって早足で歩く。
インスペクションが入っているビルが見えると、その前に白と黒のクラウンが停まっている。パトカーだ。
この近くで何か事件でもあったのだろうか。
エレベーターに乗り込むと、後から先輩の西田尚美が乗り込んできた。挨拶をかわす。
インスペクションがある5階に到着して、ドアが開くと、なんだか空気がざわついている気がした。
フロアに近づくと、やっぱり、みんなの様子がおかしい。特に女性社員で顔色が悪い人の姿が目立つ。
西田と一緒に、庶務の加納淳子に近づいて声をかけた。
「なにかあったんですか? いつもと雰囲気が違うような気がするんですけど。ビルの前にパトカーが停まっていたし」
加納が表情を曇らせて、小声で答えた。
「会社に嫌がらせがあったのよ」
「え、なんですかそれ」
わたしもつられて小声になる。
「会社宛に荷物が送られてきたんだけど……段ボールの中に入っていたのが、カラスの死骸だったんだって」
加納が言ってから、自分で肩を抱き身震いした。
「ヤダッ」
震えは、西田とわたしにもすぐ伝染した。背筋を悪寒が走る。
気味が悪い。インスペクションの調査に逆恨みした人物の犯行だろうか。
「こういうこと、たまにあるんだけどね。でも、動物の死骸を送ってくるなんて……こんなひどい手口は初めてだわ」
加納は、もう入社10年近いベテランだ。彼女がこう言うなら、よっぽどのことなのだろう。
やがて、周藤が出社してくると、すぐに社長に呼ばれた。警察の事情聴取に立ち会っているようだ。
1時間以上経って険しい顔つきで席に戻ってきた周藤は、しばらくパソコンをいじった後、声をかけてきた。
「おい、ちょっとつきあえ」
周藤がコートをつかんだ。どこかに外出するのだろう。
わたしもコートをつかんで、すでにフロアを出た周藤を追いかける。
駐車場に向かっている、ということはマークXを使うということか。立体駐車場から吐き出された車に周藤が乗り込んだ。わたしもすぐに助手席に身を滑り込ませる。
マークXが勢いよく走り出した。周藤は何も言わずに、湾岸方向に車を走らせている。
いったいどこに行くつもりなのだろう。
(続く)
登場人物
上山未来・ミキ(27):主人公。新米保険調査員。父の失踪の理由を探っている。愛車はトヨタスポーツ800。
周藤健一(41):元敏腕刑事。なぜ警察を辞めたのかも、プライベートも謎。社長の意向でミキとコンビを組むことに。
桜川和也(29):ミキの同僚。保険調査の報告書を作成するライター。ミキのよき相談相手。彼女あり?
成田真由子(27):ミキの中学校時代からの親友。モデル体型の美人。大手損保に勤務する。時間にルーズなのが玉に瑕。
河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。
河口純(30):河口仁の息子で、ミキの幼馴染。ちょっと鼻につくところはあるが、基本的にいい人。愛車はポルシェ911カレラ。
小説:八木圭一
1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。
イラスト:古屋兎丸
1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001
イラスト車両資料提供:MEGA WEB
編集:ノオト
[ガズー編集部]
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