【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第4話#20
第4話「スパイ事件を調査せよ!」
4th インスペクションの危機、再び。
#20 松井社長と打合せ
内線で、松井社長に呼ばれた。
顔を合わせると、明らかに、いつもより疲れている様子が見てとれた。
「社長、顔色が悪いですけど、大丈夫ですか」
「ああ、大丈夫。ミキちゃんに心配させるなんて、俺って、ダメな経営者だな」
松井が笑顔を取り繕った。
「個人情報が駄々漏れだ」とサイトに書かれてしまったことで、実際にうちと取引を保留する会社も出てきているという。狭い業界だから、噂はすぐに広まった。このまま事件が解決されないままだと、会社が被る損害は計り知れない。
「大丈夫、うちは、個人情報漏洩保険に入っているからね」
松井が落ち着いてわたしに優しく声をかける。
「こういう仕事だからな。リスクへの備えは必要不可欠だ」
そう聞いて、少し安心する。
「ところで、周藤君からの指示ですでに動いてくれているよね。内部調査の方、改めてよろしく頼むね」
松井に真顔で見つめられて、わたしは大きく頷いた。
「スパイと外部からの嫌がらせの関連性は、まだわかっていないけど。あの件、あんな書き込みがあった以上、ミキちゃんも無関係じゃないだろうね」
わたしが狙われるとは思いもよらなかったので、驚きだった。これは、犯人のミスだ。まだ社歴の浅いわたしが担当した案件は少ない。疑わしい人物が、かなり絞り込める。
「わたし、許せません。必ず、犯人を捕まえて、期待に応えたいと思っていますので」
松井が、「誰よりも心強いよ」と笑顔を見せる。
「社長、ひとつだけ聞いてもいいですか?」
松井が前のめりになって顔を近づけてきた。
「なんだい? 答えられることだったらなんでも」
わたしは声のトーンを少しだけ落として、切り出した。
「周藤さんは、単独行動が多いですよね。わたしと組んでからも、ひとりで調査に出かけてしまうことがあります。パートナーとして、周藤さんが何をしているかを知りたいと思うのですが」
松井が眉間に皺をよせた。
「まさか、周藤君をスパイだと疑っているってことなのかな?」
「いえ、そういうわけじゃありませんが……」
松井が腕を組んで天井を見上げた。何かを思案しているようだ。
「今回さ、ミキちゃんにはフラットな視点で、好きなように動いてもらいたいんだ。だから、それが気になるんだったら、調べてもらってももちろん構わないよ」
わたしは小さく頷いた。どうやって調べるか。尾行するしかない。
「相手は一級のプロ調査員だからね。それなりの覚悟が必要だと思うけど」
言うまでもない。わたしは入社してすぐに、周藤と行動を共にするようになった。周藤を調べるなんて、どれだけ大変なことか、よくわかっている。
そして、近くで周藤を見てきたからこそ、不正を行っているとは思えない。それだけは絶対にない。でも、だからこそやはり、ひとりでいるときになにをやっているのかが、どうしても気になる。
それを突き止めよう。でも、その前にやるべきことがある。
(続く)
登場人物
上山未来・ミキ(27):主人公。新米保険調査員。父の失踪の理由を探っている。愛車はトヨタスポーツ800。
周藤健一(41):元敏腕刑事。なぜ警察を辞めたのかも、プライベートも謎。社長の意向でミキとコンビを組むことに。
桜川和也(29):ミキの同僚。保険調査の報告書を作成するライター。ミキのよき相談相手。彼女あり?
成田真由子(27):ミキの中学校時代からの親友。モデル体型の美人。大手損保に勤務する。時間にルーズなのが玉に瑕。
河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。
河口純(30):河口仁の息子で、ミキの幼馴染。ちょっと鼻につくところはあるが、基本的にいい人。愛車はポルシェ911カレラ。
小説:八木圭一
1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。
イラスト:古屋兎丸
1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001
イラスト車両資料提供:丸田章智さん
編集:ノオト
[ガズー編集部]
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