【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第4話#27

第4話「スパイ事件を調査せよ!」

6th ミキの決断。​
#27 仁からの通達

朝、出勤途中に、会社の近くの駐車場で見覚えのある車を見つけた。
​紺色のレクサスLS460。ナンバーを確認する。間違いない、弁護士の河口仁の車だ。
どうやら仁が来社しているらしい。
デスクに着くと、仁が応接室で待っているという書き置きがあった。急いで向かう。
部屋に入ると、仁が立ち上がった。ソファに座るように促され、腰を下ろす。
「忙しいところ、仕事の邪魔をしてしまって、悪いね」
わたしがインスペクションへの嫌がらせを解決したことは伝わっているはずだ。きっと、それを褒めにきたのだろう。
「そんなこと、気にしないでください」
わたしは微笑みかけて、気がついた。仁が見たこともないくらい硬い表情をしている。どうかしたのだろうか。
「昨夜、息子から話は聞いたよ」
やっと、純が父親に交際報告をしたようだ。わたしは照れてしまって、つい目を伏せた。
沈黙が2人を包む。
なんだか、仁の様子がおかしい。唇が震えている。視線を落とすと、膝の上のこぶしは固く握られていた。
「申し訳ないが、今回のことは、なかったことにしてくれないか。諦めてくれ」
仁が突然、頭を下げた。
「えっ……。どういうことですか?」
仁の言っていることの意味がよく分からない。
笑い声で問いかけたけど、顔を上げた仁は鬼の形相だった。
わたしは、なんとか現実についていこうとしていたけど、それを拒否しようとするもうひとりの自分がいる。
「前言を撤回させてもらうよ」
「前言って……」
「息子の好きなようにやらせようとは思っていた。でも、もしも、あいつが君と結婚するなんてことになったら……」
「わたしは、純君の結婚相手に相応しくないってことですね」
仁は否定しようとしなかった。
「純君は、それで納得しているのですか?」
仁が大きく頷いた。
「本当に情けない。あいつは昔から、ずいぶんと女遊びをしてきた。親として、それを見て見ぬ振りをしてきたことは反省している。だが、まさか、君にまで手を出すなんて」
わたしは純に遊ばれたということなのか。
「君の父親と約束をしたんだ」
「父と? どんな約束ですか?」
仁がソファに身を委ねて窓の外に目をやった。
「もし彼になにかあったら、わたしが君に寄ってくる悪い虫を追い払うとね」
仁がそう言ってため息をついた。
「君の父親に申し訳がたたないよ、まったく、こんなことになるなんて」
わたしは衝撃を受けていた。告白されて、OKしたら、その親から振られる。そんなことってあるのだろうか……。

(続く)

登場人物

上山未来・ミキ(27)
上山未来・ミキ(27):主人公。新米保険調査員。父の失踪の理由を探っている。愛車はトヨタスポーツ800。

周藤健一(41)
周藤健一(41):元敏腕刑事。なぜ警察を辞めたのかも、プライベートも謎。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

桜川和也(29)
桜川和也(29):ミキの同僚。保険調査の報告書を作成するライター。ミキのよき相談相手。彼女あり?

成田真由子(27)
成田真由子(27):ミキの中学校時代からの親友。モデル体型の美人。大手損保に勤務する。時間にルーズなのが玉に瑕。

河口仁(58)
河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

河口純(30)
河口純(30):河口仁の息子で、ミキの幼馴染。ちょっと鼻につくところはあるが、基本的にいい人。愛車はポルシェ911カレラ。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:丸田章智さん

編集:ノオト

[ガズー編集部]