【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第4話#30
第4話「スパイ事件を調査せよ!」
6th ミキの決断。
#30 松井社長とディナー
会社に嫌がらせをしてきた犯人を警察に突き出し、社内のスパイも突き止めたわたしは、「お礼をしたい」と、松井社長にホテルのレストランでのディナーに誘われた。
「事件を解決してくれて本当に助かったよ」
「会社の役に立てて、良かったです」
美味しいコース料理がどんどん運ばれてくる。
「ところでさ、仁先生のことなんだけど。なにか、よほど怒らせるようなことをしてしまったのかい? ここだけの話にしておくから、僕にだけ教えてくれないか」
このことは、きっと聞かれるだろうなと思っていた。
わたしは大きく息を吐き出した。
「実は、純さんに交際を申し込まれたんです。OKしたのですが、それがどうやら気に入らなかったようで……」
「そんな。ミキちゃんはなにも悪くないじゃないか」
松井が声を荒げてくれたから、それだけで救われた気がした。
「わたしも腑に落ちないところはありますが、結局違う世界に生きているのかなって思いました。純さんは弁護士事務所の跡取り息子ですからね」
グラスに残っていたワインを一気に飲み干す。最近、いろいろなことが立て続けに起きていたから、なんだか酔いたい気分だった。
「正直、最初は単に仁先生の紹介っていうことだったけどさ。でも、頑張ってくれて、僕は本当に来てくれてよかったと思っているんだよ」
急に何を言い出すのだろうかと思ったが、松井の言葉を反芻するうちに、酔いがどんどんさめてきた。
「もしかして、仁先生は、わたしをやめさせるように言ったんじゃありませんか?」
松井は否定しない。
「社長、わたし、会社に迷惑をかけたくありません」
でも、松井の目は据わっていた。
「いや、さっきの話を聞いて確信したよ。仁先生、どうかしてる」
「やめてください。ここだけの話にしておくと、さきほど約束したはずです」
「いや、だってさ」
松井が唇を噛み締めている。
「実は、仁先生のこととは関係なく、ちょうど休みが欲しいと思っていたんです。どうしてもいま、やりたいことがあって」
松井が驚いた顔をして、わたしの顔をじっと見つめた。
「それ、本当に? やりたいことって、なんだい?」
「わたしの父は10年前に、突然、海外で失踪したんです。その父からの手紙が、最近見つかって……。いまこそ、真相を探る時なんじゃないかって考えてるんです」
松井が腕を組んで黙り込んだ。
「じゃあさ、有給を使い切ったら、休職扱いにしておくから、いつでも戻っておいで。きっと、仁先生だって、ほとぼりがさめれば自分が間違っていることに気づくはずだよ」
わたしは、なんとか笑顔を作ったまま、松井と別れた。
(続く)
登場人物
上山未来・ミキ(27):主人公。新米保険調査員。父の失踪の理由を探っている。愛車はトヨタスポーツ800。
周藤健一(41):元敏腕刑事。なぜ警察を辞めたのかも、プライベートも謎。社長の意向でミキとコンビを組むことに。
桜川和也(29):ミキの同僚。保険調査の報告書を作成するライター。ミキのよき相談相手。彼女あり?
成田真由子(27):ミキの中学校時代からの親友。モデル体型の美人。大手損保に勤務する。時間にルーズなのが玉に瑕。
河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。
河口純(30):河口仁の息子で、ミキの幼馴染。ちょっと鼻につくところはあるが、基本的にいい人。愛車はポルシェ911カレラ。
小説:八木圭一
1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。
イラスト:古屋兎丸
1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001
イラスト車両資料提供:丸田章智さん
編集:ノオト
[ガズー編集部]
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