【小説】 女子オプ!−自動車保険調査員・ミキ− 第5話#01

第5話「父の失踪事件を調査せよ!」

​1st ミキ、父の消息を追う。​​
#01 図書館で調べ物

わたしは家の近くにある公立図書館にこもって、調べ物をしていた。
​まだ昼間。平日なのに、会社に行かないって不思議な気分だ。
探してみると、失踪のための入門書やマニュアル本が何冊も出ていたことには驚いた。それだけニーズがあるということなのだろうか。
世の中には、やむにやまれぬ事情で姿を消さなければならない人がけっこうな数いるのかもしれない。でも、わたしがこの本を借りようとしたら、受付の人はどう思うのだろう……。
わたしが館内で陣取った机の上には、フィリピンに関する本や旅行のガイドブックが何冊も並んでいる。
父は、フィリピンにあるリゾート地、エルニドでシーカヤックをしているときに消息を絶った。エルニドはマニラから西に飛行機で約1時間、パラワン島北部にあるエルニド村と、大小約50の島々から成り立っている。
日本でフィリピンのビーチリゾートと言うと、セブ島やボラカイ島の方が知名度も人気も高い。でも、エルニドには美しい自然が手付かずのまま残されているとされていて、ファンも多いようだ。今でさえ“フィリピン最後の秘境”というキャッチコピーがついているほどだから、父が行った10年前にはもっと開発されていなかったはずだ。
旅行前、父は「海がこんなに綺麗なんだぞ」とパンフレットを見せて自慢してきた。母は「家族を連れて行くならまだしも、自分ひとりでそんなところに行くなんて」と不機嫌そうだった。わたしももちろん、母と同じ気持ちで「いつか連れて行って」と父にねだった。
女性の旅行用に作られたおしゃれでかわいい地図を見ながら思う。我が家にも普通の家族団らんの日常があったのに、と。あれからもう10年が経ったのか……。
今までにも、幾度となく、父が失踪したというフィリピンのことを調べていた。それは、いつか現地で調査をするためだった。本当はもっと早くに行きたかったけど、母はわたしがフィリピンに行くことを許してくれなかった。
それに、正直、自分でもなんとなく二の足を踏んでいた。
もしかしたら、真相をたどった先には、つらい現実が待っているかもしれない。
父は首都マニラで仕事をしたあと、1人で足を伸ばしてエルニドに行くと、わたしたちにもはっきりと伝えていた。
でも、あとから聞いた話では、現地で女性と2人でいたところを目撃されているという。父が、母親以外の女性とフィリピンに旅行したのではないか。あるいは、日本で知り合ったフィリピン人の女性と現地に行ったのではないか。そんな疑念が、自分が大人になるにつれて大きくなった。
そもそも、フィリピンに行くにはかなりの交通費がかかる。それは仕事相手が全部持つと言っていたけど、時間と費用をかけて外国に行って、一体どんな仕事があったのだろう。
それに、日本の保険に加入することができる相手がフィリピンにいるとは思えない。
非合法の仕事とか、実はもっと他に目的があったのではないだろうか……。
父がマニラで会っていたという日本人は、きっと探せば見つかるだろう。ビジネスで成功して富を築いた人なのだと、なんとなく聞いたけど母も詳しくは教えてくれなかった。
やはり、父は何らかの事件に巻き込まれたのではないだろうか。

<続く>

登場人物

上山未来・ミキ(27)
上山未来・ミキ(27):主人公。新米保険調査員。父の失踪の理由を探っている。愛車はトヨタスポーツ800。

周藤健一(41)
周藤健一(41):元敏腕刑事。なぜ警察を辞めたのかも、プライベートも謎。社長の意向でミキとコンビを組むことに。

桜川和也(29)
桜川和也(29):ミキの同僚。保険調査の報告書を作成するライター。ミキのよき相談相手。彼女あり?

成田真由子(27)
成田真由子(27):ミキの中学校時代からの親友。モデル体型の美人。大手損保に勤務する。時間にルーズなのが玉に瑕。

河口仁(58)
河口仁(58):河口綜合法律事務所の代表。インスペクションの顧問弁護士で、ミキの父親の友人。なにかと上山家のことを気にかけている。

河口純(30)
河口純(30):河口仁の息子で、ミキの幼馴染。ちょっと鼻につくところはあるが、基本的にいい人。愛車はポルシェ911カレラ。

小説:八木圭一

1979年生まれ。大学卒業後、雑誌の編集者などを経て、現在はコピーライターとミステリー作家を兼業中。宝島社第12回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞し、2014年1月に「一千兆円の身代金」でデビュー。宝島社「5分で読める!ひと駅ストーリー 本の物語」に、恋愛ミステリー「あちらのお客様からの……」を掲載。

イラスト:古屋兎丸

1994年「月刊ガロ」でデビュー。著作は「ライチ☆光クラブ」「幻覚ピカソ」「自殺サークル」など多数。ジャンプSQ.で「帝一の國」、ゴーゴーバンチで「女子高生に殺されたい」を連載中。
Twitterアカウント:古屋兎丸@usamarus2001

イラスト車両資料提供:MEGA WEB

編集:ノオト

[ガズー編集部]