東京モーターショーの思い出 ―大川 悠― (前編)
渡し船で行ったモーターショー
初めて行った東京モーターショーは、1959年秋の「第6回全日本自動車ショー」だった。思えば古い話ではある。この年、モーターショーは日比谷公園から、晴海に完成したばかりの見本市会場に移った。現代に至る本格的な自動車ショーの幕開けともいえるイベントである。
中学3年生、15歳になったばかりの私は、竹芝桟橋から乗合船で晴海に行った。東京駅からバスに乗るよりも、その方がより便利だったからだ。
詰め襟の制服を着た中学生が、古いカメラを首から提げ、渡し船に乗って自動車ショーを見に行く。今にして思えばおかしな風景である。でも東京オリンピックで都市の形相が急変する直前、つまり1950年代末期の東京では、そんな光景は普通だった。戦前から引きずっている過去と、高度成長が約束されたような未来が、出来上がったばかりの東京タワーの下で、複雑に絡み合って同居していた。
戦後の終わりと未来の始まり
モーターショーの会場も同じだった。そこには過去も現在も未来も、現実も夢も、同じフロアの上でモザイクのように組み合わさって表現されていた。
当時の記録では、この年、303社が317台を展示したという。驚くべきは、車両の数ではなくて、参加会社が多いことだ。これは二輪、三輪メーカーが圧倒的多数を占めたからで、さらにはトラック、バス専門メーカーも含まれており、乗用車メーカーは少数派だった。
実はこのショーの約1カ月前、戦後史上最大といわれた伊勢湾台風が日本を襲った。その被害は甚大で、中でも、直撃を受けた東海地方はひどかった。特に自動車史で重要なことは、この地域を中心に戦後、雨後のたけのこのごとく生まれた数多くの二輪、三輪メーカーが、この台風被害をきっかけに、相次いで倒産したことである。
ショー会場には、今ではほとんど知る人もいないような名前の二輪車や三輪車が多く展示されていた。だが、程なくして、大手の数社を除く大半の会社が、台風の影響で消える運命にあった。そういった意味では、戦後日本の最後の時代を示すショーでもあった。
同時に、建設機械、車両やバス群も広いスペースを占めていた。それらの多くは欧米の先端技術を導入しつつ日本的な改変が軌道に乗った時期であり、ここでも戦後の終わりと、新しい時代の始まりがそこにあった。
舞台の上の非日常
でも私は、やはり乗用車にしか目が行かなかった。国民車構想を元に生まれたスバル360や三菱500などは、生意気な中学生にはあまり面白くなかった。教習所でいつも乗っているダットサンの210が、新しくブルーバードとして生まれ変わったのはともかく、一番心を引かれたのはダットサン・スポーツから進化した初代のフェアレディ、純白と赤のS211だった。ヨーロッパと同じような戦後型スポーツカーが日本に生まれたと思った。MGAよりずっとカッコいいじゃないかと本気で感動した。
でも、欲しいとか乗ってみたいというような感情はまだ生まれなかった。当時の日本の少年にとって、いや大半の普通の日本人にとって、クルマというものは、ただ見るものであって、乗ったり持ったりしたいという欲望はまだ完全に育っていなかった。
二輪や建設機械で占められたショーの大半のスペースは現実と過去の混成だった。残りのわずかなスペースに展示されていた乗用車は、あくまでも舞台の上の日常とは別のものだった。そこに明日の希望を持ち、自らに則した夢を抱くには、もう少しだけ時間が必要だった。
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[ガズ―編集部]
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