わたしの自動車史(後編) ― 森口将之 ―

アウトビアンキA112アバルト
アルファ・ロメオ・ジュリアクーペ
シトロエン2CV
初代ルノー・トゥインゴ
シトロエンCX

僕が配属された四輪の雑誌というのは、RV(レクリエーショナル・ビークル)の専門誌だった。当時はまだミニバンが生まれたばかりで、多座席乗用車はワンボックスが主役。SUVという言葉はまだ日本にはなく、クロスカントリー4WDと呼ばれていた頃で、今年(2014年)デビュー30周年を迎えた「ランドクルーザー70」が登場間もない頃でもあった。

中学生の頃から『カーグラフィック』を眺めていた草食男子にとって、ワンボックスやクロスカントリー4WDの良さは分からず、定期的な収入を得ると、趣味的なクルマの購入を企てた。狙ったのはイタリアンミドシップスポーツの「フィアットX1/9」。でも試乗するとイマイチだったので、同じ中古車屋の隣に置いてあった「アウトビアンキA112アバルト」にも乗って、衝撃を受けた。最初の愛車は瞬時に決まった。
アウトビアンキは2台乗り、続いてアルファ・ロメオのジュリアクーペ2000GTVを買った。モーターサイクルについては国産を貫いており、わが家にホンダ・シティーを薦めた自動車整備屋さんが趣味で扱っていたクラシックモデルのカワサキW1Sを手に入れた。エンスー街道一直線だった。

仕事の方では、自動車関連の編集という軸は外さず、最初の出版社を辞め、編集プロダクション勤務を経て、7日しかなかった昭和64年にネコ・パブリッシングのエンスー雑誌『カー・マガジン』編集部に入り込むことに成功した。
ここで第2の転機が訪れる。イタリア車やイギリス車、ドイツ車など、主なヒストリックカーは編集部内で役割分担が出来上がっていて、「アルファが好きだ」というだけでは居場所がなさそうだと直感したのだ。そんなとき、RVの雑誌にいた頃に先輩に聞き、「絶対にやめとけ」と言われたハイドロニューマチックのシトロエンを思い出した。
狙いはフラッグシップのCX。でも最終的には財政事情もあって、ベーシックな2CVにした。2リッター4気筒ツインカムから600㏄のフラットツインOHVへの乗り換えだったが、不満はなかった。というか、自分に合っている気がした。
マトラ・ムレーナ、プジョー205GTI、ルノー・トゥインゴ、そして一度は諦めたシトロエンCXなど、この国のクルマを乗り継ぐ日々が始まった。編集部内のフランス車の仕事は一手に引き受けることになり、始まって間もないフレンチブルーミーティングをはじめ、イベントにも積極的に顔を出した。
編集部を辞めてフリーになっても、驚くことに、その頃の仕事を覚えてくれている人がけっこういて、フランス車好きのジャーナリストとして認められるようになっていた。

戦略として、無理にそういうカーライフを送ったわけじゃない。本能のままに、好きなものを追いかけていったら、いつしか現在の立ち位置が出来上がっていた。本当に恵まれていると思う。国内外の多くの新車に乗る現在も、フランス車には通じるものを感じる。若き日にそんな出会いを仕組んでくれた神様に感謝したい。

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[ガズ―編集部]

MORIZO on the Road