ワイパー――雨に負けない技術(1903年)

よくわかる自動車歴史館 第99話

間欠ワイパーをめぐる特許訴訟

2008年に公開された映画『幸せのきずな』は、市井の発明家が巨大な自動車メーカーと裁判で戦う話だ。主人公は間欠ワイパーを発明したロバート・カーンズで、実話に基づいた作品である。彼は雨の日にフォード・ギャラクシーを運転していて、ワイパーの動きに不満を覚えた。霧雨の中でも動かさなければ雨粒で前が見えなくなってしまうが、常時動いていると滑りが悪くなってブレードがきしむのだ。

オペル車の間欠ワイパーのコントローラー。ワイパーの速度を段階的に調整できる間欠ワイパーは、今日では一般的な装備となっている。

大学で工学教授をしていたカーンズは、ワイパーの動きを一時的に止める装置を研究する。抵抗やコンデンサーを組み合わせてスイッチのオンオフを制御するシステムを考案し、1964年に特許を出願した。その頃、自動車メーカーもワイパーの改良が必要なことを認識して間欠ワイパーを開発していたが、成功に至ってはいなかった。フォードが興味を示したことで、彼は事業化に向けて準備を進める。しかし、安全性の確認に必要だと言われて試作品を渡すと、しばらくしてフォードから交渉の打ち切りを告げられる。

1969年になると、フォードはマスタングに間欠ワイパーを装着し、新たな快適装備としてアピールした。カーンズは抗議したが受け入れられず、精神に変調をきたして妻と離婚することにもなる。1978年にフォードに対して訴訟を起こしたが、相手の繰り出す巧みな法廷戦術により、審議はなかなか始まらなかった。1990年になってようやく裁判が行われると、陪審員はフォードがカーンズの特許を侵害していると判断した。フォードは1億ドル以上の和解金を支払うことになる。

1969年式フォード・マスタング。

誕生した時から、ワイパーは特許をめぐる物語に彩られていた。20世紀になってすぐ、アメリカのアラバマ州バーミンガムで牧場と不動産業を営んでいた女性が、ニューヨークを訪れたことで幕が開く。

手動式から真空式を経て電気式に

メアリー・アンダーソンという名の女性が大都市の路面電車に乗ったのは、寒い時期のことだった。しかもその日は悪天候に見舞われていて、運転手はたびたび電車を止め、ガラスにこびりついた雪や氷を取り除くのに苦労していた。やがて運転手はその作業を諦め、フロントウィンドウを全開にして、外気にさらされながら運転を続けることにした。視界を確保するには、そうするしかなかったのである。

何か方法があるはずだと考えた彼女は、電車の中でアイデアのスケッチを始めた。バーミンガムに戻ると、彼女は工場で試作品を作らせた。室外に木とゴムでできたアームを設置し、ステアリングコラムの脇にあるレバーで操作する仕組みである。アームにはバネが組み込まれており、一度の操作で左右に往復して雨や雪を除去する。1903年に、この装置は17年間有効の特許が認められた。

ワイパーを発明したとされる、アメリカのメアリー・アンダーソン。

メアリーはこの“電気自動車等の車両のための、窓から雪、氷、みぞれを除去するためのウィンドウ・クリーニング・デバイス”を自動車メーカーに売り込んだ。しかし、どこからも採用されなかった。ワイパーの動きはドライバーの注意を散漫にし、事故の原因となる可能性があると判断されたのだ。

それでも、1920年に特許が失効すると、彼女の設計を利用してワイパーを製作する自動車メーカーが現れる。17年のうちに自動車のスピードが上がり、ワイパーの必要性は増していた。彼女の発明は早すぎたのだ。1922年には、キャデラックが初めてワイパーを標準装備している。

1930年式キャデラックV16に装備されたワイパー。当時のワイパーは、フロントウィンドウの下部ではなく、上部に備わっていた。

ワイパー誕生には、別の物語も存在している。1910年に雨の中で運転していたトリコ社の社長が自転車に乗った少年にぶつかってしまい、その経験から雨中でも視界の得られる装置を開発したというものだ。いずれにしても初期のワイパーは手動式で、実用性は十分なものではなかった。

やがて、手を使わないでも動くように、エンジンの動力を利用する真空式ワイパーが開発された。便利ではあったが、問題はクルマが減速するとそれに合わせてワイパーの動きも遅くなってしまうことだった。1926年にボッシュが作った電気モーターを使ったワイパーは、現在の製品と基本的には変わらない原理に基づいている。

1926年にボッシュが実用化した電動ワイパー。

スピードの向上で空力が課題に

効率よく雨を除去するためには、ガラス面にゴムを密着させる必要がある。圧力を均等にするために考えられたのが、トーナメント型と呼ばれるタイプのワイパーブレードだ。大きなフレームが2つの中型フレームを支持し、さらにそれぞれが小型のフレームに分かれていく構造である。トーナメント表のような形状で、圧力を分散させていくわけだ。

トーナメント型ワイパー。今日でも、廉価なモデルを中心に幅広く採用されている。

合理的な仕組みではあるが、ラバーが劣化すると拭きムラが出たりビビリ音が発生したりする場合があった。部品点数が多くなることもデメリットとなる。新たに開発されたのが、フラット型と呼ばれるタイプだ。フレームとラバーが一体となっており、大幅に部品点数を減らすことができる。

構造が簡単なことは、空力に優れた形状に仕上げるにも有利だ。自動車のスピードが上がったことで、ワイパーの空気抵抗も無視できなくなってきた。高速走行時には風圧でブレードが浮き上がってしまうこともある。スポイラーを取り付けることで、空気の力を利用してガラス面に押し付けるフォルムが考案された。

ワイパーはフロントウィンドウだけに取り付けられているわけではない。ボディー形状の変化で、リアウィンドウの雨滴を拭い取る必要が生じた。日本で初めてリアワイパーが装着されたのは、1972年のホンダ・シビックである。ハッチバックやワゴン、SUVといったボディータイプのモデルでは、リアワイパーが装備されることが多くなっていった。

日本で初めてリアワイパーを装備したのは、1972年に登場した初代ホンダ・シビックだった。写真は1975年式のCVCC 1500 4ドア GF。

1988年には、トヨタ・マークII/チェイサー/クレスタの上級グレードに、サイドウィンドウワイパーがオプション装備された。前端部に取り付けられ、ドアミラーの視認性を向上させる目的である。同じ年に登場した日産の初代シーマには、ドアミラーワイパーが採用されている。どちらも、世界初の装備だった。ヘッドライトワイパーはもっと古く、1971年にサーブ99に採用されたのが初めてである。

ヘッドライトワイパーは、1971年にサーブ99に初めて採用された(写真は1976年発表のターボ)。1974年には、同じスウェーデンのボルボがヘッドライトウオッシャーワイパーを採用している。

フロントウィンドウのワイパーは多くの場合2本だが、トラックなどでは3本式もある。乗用車でも、トヨタFJクルーザーなどは3本だ。逆に、1980年代からメルセデス・ベンツが1本ワイパーを採用していた時期がある。リンケージを使ってワイパーアームを伸縮させ、拭き取り範囲を広くする凝ったものだった。画期的な機構ではあったが、そばを通る人に水をかけてしまうなどの問題があり、2本ワイパーに戻った。

W124と呼ばれた初代メルセデス・ベンツEクラスと、同車に装備された1本ワイパー。

今日でもワイパーの研究は意欲的に続けられており、メルセデス・ベンツは2012年にはウオッシャー液の噴射方法を改めたマジックビジョンコントロールを発表。2013年には、マクラーレンが超音波によって雨滴を除去する装置を開発していると伝えられた。100年以上にわたってワイパーの基本構造は変わっていないが、ワイパー自体をなくすことが最後の進化になるのかもしれない。

関連トピックス

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ワイパーブレード

フレームとゴムを組み合わせて雨滴を拭き取るパーツがワイパーブレードで、モーターによって左右に往復運動するアームに取り付けられる。ゴムでできているワイパーラバーは消耗品なので、交換可能になっていることが普通である。

雨滴をすべて除去するのではなく、薄い水の膜を均一に広げることを目的としている。天然ゴムを用いて作られるが、直接ガラス面に触れるリップにはコーティングが施されることが多い。

グラファイトをコーティングすると摩擦抵抗が減少し、ビビリや拭きムラの発生を抑える。シリコンコーティングは、ガラスにはっ水効果をもたらす。

鉄やアルミニウムなどの金属製フレームは騒音を発生しやすいので、間に樹脂をはさみ、静粛性を高めたものが作られた。軽量化のために全体を樹脂化した製品もある。

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フラット型ワイパー

2000年頃からトーナメント型に代わって普及してきたのが、フラット型ワイパーだ。アーチ状のスプリング全体でラバーを押し付ける方式で、面圧分布が均等になりやすい。また、部品点数はトーナメント型に比べて半分ほどというシンプルな構成で、重量も大幅に減らすことができた。

空力的なメリットもある。トーナメント型では構造上フレームの間にスキマができ、高速走行では乱流が発生することや、ブレードが振動し、風切り音が出ることがある。フラット型はスプリングをスポイラーで覆うことができるので、風の影響を受けにくいのだ。

使用を重ねるとラバーは確実に劣化するので、定期的に交換しなければならない。フラット型はブレード全体を交換しなければならないのが弱点だったが、現在は替えゴムで対応できるようになっている。

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マジックビジョンコントロール

ガラス面が汚れた時もワイパーは有効だが、水分がない状態で作動させると、ガラスを傷つけるおそれがある。そこで、雨が降っていない時はウィンドウウオッシャーを使って洗浄液を噴射してから、ワイパーで汚れを拭き取る必要がある。

洗浄液のタンクはエンジンルーム内に設置されており、ポンプを使ってノズルからガラスに向けて発射する。ワイパーの動きと連動して動かせるタイプが多い。

ところが、オープンカーの場合はウオッシャー液が室内をぬらしてしまうことがあった。メルセデス・ベンツは2012年に発売したSLにおいて、マジックビジョンコントロールという技術を使ってこの問題を解決した。

ブレードの内側に細かい穴が開けられており、そこからウオッシャー液を噴射する仕組みだ。オープン時でも安心なだけでなく、洗浄性能を高めてウオッシャー液の消費量を抑えることができるという。

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[ガズ―編集部]