忘れられたスーパーカー/チゼタV16T(後編)

鬼才マルチェロ・ガンディーニがデザインしたボディーの中央部にV型16気筒エンジンを収めるチゼタの車幅は、実に2060mmに達し、実車ではさらにその幅広感が強調されている。その低くワイドなボディーはアルミ製。シャシーは伝統的なスチール製のチューブラーパイプフレームで、クラウディオ・ザンポッリはそのすべてをハンドメイドで製作した。

チゼタV16Tのボディーは総アルミ製。フレームも含め、すべてがハンドメイドで作られていた。

しかし、ザンポッリに不幸が襲いかかる。納車前のチゼタV16Tを載せたキャリアカーが事故を起こし、クルマをデリバリーすることができなくなったのだ。モロダーによる資金撤退も尾を引いた。クルマを売らなければ資金は回収できない。最終的にプロトタイプと右ハンドルモデル1台を含む合計わずか8台のチゼタV16Tをモデナの工房で製造し、ザンポッリの夢は空中分解した。同社は倒産の憂き目に遭い、ザンポッリは途方に暮れるしかなかった。

倒産後、ザンポッリはモデナから一時撤退し、その8年後に住まいをなじみのあるカリフォルニアに移した。そう、この地で再びチゼタの製造に乗りだしたのだ。

カリフォルニアで筆者が取材したチゼタV16T。長大なV型16気筒エンジンを横置きに搭載することもあり、全幅は実に2mを超える。

カリフォルニアの明るい日差しの中に置かれたチゼタV16Tのウエッジシェイプ極まるボディーは、モデナで造られたそれとまったく変わらないオーラを放っていた。全長×全幅×全高=4442×2060×1115mm、ホイールベース=2690mmの車体に備えられた大きく横に開くドアを開けると、そこには黒一色でまとめられたスパルタンなインテリアがある。オーバー300km/hスケールのアナログ式スピードメーターやタコメーター、シートバックに型押しされたチゼタのエンブレムなども1992年当時のまま。今のスーパーカーでは当たり前になった、エアバッグやABSなどの安全装備が採用されていないのも、当時と変わらない。

黒一色のシックなインテリア。スピードメーターには400km/hまで目盛りが刻まれていた。

1988年の発表当時540psだったV型16気筒DOHCエンジンは、改良が加えられ、最高出力は567psにパワーアップされた。同じようにトランスミッションも、ZF製の5段MTからCIMA製の6段MTに組み替えられていた。その加速たるや、今でも第一線を張るのに十分なパフォーマンスである。消音部材の類いを一切持たないコックピットは、右足に力を込めさえすればごう音に包まれ、怒濤(どとう)の加速感を味わうことができる。シートに背中を押しつけられる強烈な加速は、自然吸気エンジンにして55.3kgmの最大トルクを持つV型16気筒ならでは。この凄(すさ)まじいまでの加速こそが、チゼタの矜持(きょうじ)。数々の電子デバイスに守られた現代のスーパーカーでは味わえない唯一無二の感覚である。

チゼタは昔ながらのハンドメイドを続け、今でもオーダーさえすれば新車で製造・販売が可能だ。20年前そのままに作られるスーパーカーの新車販売価格は80万ドル。世界唯一のV型16気筒エンジンを搭載するスーパーカーが、今でも買えるとは、なんと素晴らしい奇跡のストーリーであろうか。

モデナでの倒産から、心機一転カリフォルニアでの復活。スーパーカーに賭けたザンポッリという男の波乱にも満ちた物語は、こうして美しくまとめられるはずだった。

カリフォルニアのファクトリーでは、今もかつてと同じ手間でチゼタV16Tが生産されている。

しかし、チゼタのストーリーはこれで終わりではない。

なんと、クラウディオ・ザンポッリ率いるチゼタ(Cizeta Automobili U.S.A.)は、2009年に商標権違反で別のチゼタを名乗る別の法人(Cizeta USA Automobile)に訴えられてしまうのである。そこでは、ザンポッリが顧客からメンテナンス用として預かったチゼタV16Tが、輸入関税法違反に当たるとして当局に没収されてしまうなどの事件もあった。

ザンポッリにしてみれば、誰にもまねのできないスーパーカーを、その魅力を分かってくれる人に届けたい、その一心だったはずだ。クルマは見事に完成し、マニアの記憶に残り、スーパーカー史にも大きな功績を残したといえる。しかし、チゼタを巡る商標権のトラブルは解決せず、今もなお混乱が続いているという。かくもチゼタとは、運命に翻弄(ほんろう)された、いや、され続けているスーパーカーなのである。

チゼタV16Tは、20年前のモデルでありながら今なお第一級の性能を保ち、その気になれば今日でも新車で購入できるという、奇跡のスーパーカーである。

(文=櫻井健一)

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[ガズ―編集部]

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