【連載全11話】第6話 いすゞ117クーペ/フィアット・ディーノ クーペ・・・やっぱり似てる? デザイナーが同じクルマ特集

「よく似たヒトは世界に3人いる」などといいますが、クルマにも驚きの“そっくりさん”が存在します。デザイナーが同じと聞けば、それも納得。そんな名車を週替わりで紹介します。

いすゞ117クーペ/フィアット・ディーノ クーペ

1966年のジュネーブショーに出展されたギア いすゞ117スポートと名乗るプロトタイプのデビューから3年近くを経た1968年末に市販開始された、いすゞ117クーペ。1.6リッター級のファミリーサルーンであるフローリアンのシャシーにカロッツェリア・ギアのチーフデザイナーだったジウジアーロがデザインし、ハンドビルトされた流麗な4座クーペボディーを架装。フローリアンやベレット用の1.6リッター直4 OHVをDOHC化したエンジンを搭載した、高級グランツーリスモだった。

いっぽうフィアット・ディーノは、当時F1の下位のフォーミュラ規格だったF2用パワーユニットの「年産500台以上の市販車用エンジンをベースにしなければならない」という規定をクリアするために、フェラーリとフィアットが組んで開発したモデル。まず1966年のトリノショーで、フェラーリが設計した2リッターV6 DOHCエンジンをピニンファリーナが手がけた3座オープンボディーに積んだフィアット・ディーノ スパイダーがデビューした。

1年遅れて翌1967年のトリノショーで追加されたディーノ クーペはピニンファリーナではなくベルトーネのデザインと公表されたが、フル4シーターのフォルムは、いすゞ117クーペに似ていた。それもそのはずで、ジウジアーロがベルトーネに在籍中に手がけたモデルが、彼がギアに移籍した後に発表されたのだった。スパイダーともども1969年にマイナーチェンジを実施。リアサスペンションを固定軸から独立式に改め、エンジンを2.4リッターに増強するなどして1973年までつくられた。生産台数はスパイダーが1583台、クーペが6220台といわれる。

117クーペのほうは、フィアット・ディーノの生産が終了した1973年に生産効率向上とコストダウンを目的としたマイナーチェンジを実施し、俗に“量産丸目”と呼ばれる世代となる。さらに1977年には角形デュアルヘッドライトを持つ通称“量産角目”となり、1981年まで発売以来12年余りにわたってつくられるロングセラーとなった。8万6000台強といわれる累計生産台数はフィアット・ディーノ クーペの14倍近いが、ディーノの現役時代と重なるハンドメイド仕様に限れば2458台とごく少ない。

[GAZOO編集部]

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