[S耐のスーパーな人]Vol.4 荻野悟さん 厳しさの中に優しさが光る「120%」が信条の職人メカニック
第3回目に登場いただいたS耐のスーパーな人、影山正美選手からご紹介いただいたのは、影山選手が2005年にSUPER GTでGT300に初めて参戦した時の担当メカニックだったという荻野悟さんです。
国内有数のレース専門のメンテナンスガレージであるRS中春の2代目代表として、そしてプロのメカニックとしてのこだわりや思いを伺いました。
作業は120%! できることは全部、徹底してやる
GAZOO編集部
「メカニックなったきっかけは何ですか?」
荻野さん
「もともと機械が好きで、高校時代にはミニバイクレースをやっていて自分でメンテナンスしたり、プロのライダーを目指していた時期もありました。専門学校を卒業した後に、一度週末にRS中春のレースのお手伝いをしたことがあります。そうしたら『明日10時からでいいからよ』ってすぐに声をかけてもらい、そのままお世話になって30年経ちましたね」
GAZOO編集部
「これまでたくさんのマシンをメンテナンスしてきたと思いますが、印象に残っているマシンはありますか?」
荻野さん
「自分が入った1991年は、グループAで星野一義さん率いるインパルのカルソニックスカイラインをメンテナンスしていて、そこに参加していました。この業界に入ったばっかりで覚えることがすごいたくさんあったうえに、星野さんとか金子豊監督、そしてRS中春先代の中村吉明といった方々から、レースに対する考え方や仕事をすごく厳しく仕込まれましたね」
「日産系のメンテナンスが多くて、日産がル・マン24時間用に開発した「GT-R LM」とか、JGTCではRS-RシルビアとかダイシンADVANシルビアとかアとか、S耐ではダイシンアドバンGT-Rとかエンドレス アドバン GT-Rとか、どのマシンも全部記憶に残っていて選べないですね」
GAZOO編集部
「メカニックとしてのこだわりを教えてください」
荻野さん
「クライアントのマシンを扱っているので、絶対にトラブったらダメだし、勝つために出ているチームばかりを担当させていただいているので、なにしろ絶対に手は抜きません。100%ではだめなんです。120%の作業をしてサーキットに持っていくために、時間も作業も区切りをつけることはありません。それは社員のみんなも同じ気持ちです」
GAZOO編集部
「120%ですか!? そのマインドはどうやって育てているのですか?」
荻野さん
「サーキットで走らせると、工場で手を抜いたところは必ずトラブルが起きるし自分が痛い目を見る。もちろんタイムとかレース結果に直結します。だからこそ、そこまで見なくていいんじゃないのってところも、問題ないということを見て確認しておけば絶対大丈夫じゃないですか。ここまでやって壊れたのならしょうがない、っていうところまで徹底してやっています」
「なので、育てるというよりも結果で分かっちゃうんですよね。自分も1997年に初めて全部任せてもらったマシンに対して、万全にメンテナンスするんだけど、当時はまだ足りないところがあって、トラブルが出たり壊れたり、取り替えるスペアが準備されていなかったり、という苦い思いをいっぱいしてきました」
「そして自分が一生懸命やっているからこそ、勝った時に味わえる本当に喜びをたくさん味わってもらうことも大切ですね」
GAZOO編集部
「それでは、今までで一番印象に残るレースは?」
荻野さん
「20歳の入りたての頃、グループAのレースで初めてタイヤ交換をしたとき、忙しくて練習もままならなかったんですが、本番では何とか上手くできました。そしたら僕が担当したタイヤがぐらぐらしながらピットロードを帰ってきたんですよ。その時は、美祢サーキット(山口県)から東京までヒッチハイクして帰ろうかなというくらい、全部ほっぽりなげて逃げちゃおうかなって思いがめぐりました」
「結局、ホイールナットのゆるみではなく他の部品が壊れていたんです。もちろん僕たちの責任なんですけど、金子監督もすごい怒っているし、泣きそうになったことを鮮明に覚えている20歳の夏ですね」
「あとは、ル・マン24時間に行った時に現地のサーキットでテストもあったりして、2日間徹夜でクルマを作ってそのままレース迎えたこともありましたね。今となってはそんな働き方はできないでしょうけど……」
いずれはS耐で趣味の延長みたいなレースもしてみたい
GAZOO編集部
「ここまで、熱いレースの話を伺いましたが、プライベートではどんなクルマに乗っているんですか?」
荻野さん
「けっこう前の話ですが、クルマが欲しいという話をしていたら、ある日突然日産のディーラーに呼ばれて、その店舗の隣に会社があった織戸学選手と先代もいたのかな、そのままの勢いで180を買っちゃったんですよ。いろんな方がパーツをくれたりするんですけど、当時仕事が忙しすぎて自分のクルマをイジる時間もなかったので、パーツだけ集まっちゃったっていう思い出がありますね」
「今は会社のクルマを使っていますが、高校時代のバイク(ホンダのCBR400)にはずっと乗りたいと思っていて、昨年のレースが延期している時期に今しかないと思い、1か月くらいかけて元に戻して無事車検を通して、30数年ぶりに乗れるようにしました」
GAZOO編集部
「それではレースの話に戻って、スーパー耐久とはどんなレースだと思いますか?」
荻野さん
「もちろんプロフェッショナルなチームもあるんですけど、本当にクルマが好きな人たちだけで集まって楽しそうに参戦しているチームもあって、そういうのを見ていると『草の根レースの最高峰』だなって思いますね」
「今は無理ですけど、いずれは自分で資金を集めて趣味の延長みたいな感じで参戦してみたいなって思ったりもします。トラブったらトラブったで直せばいいよくらい気軽な、昔のニュル24時間みたいな感じですかね。とはいっても、やったら勝ちたくなっちゃうと思いますけど(笑)」
野生の勘で仕事するメカニックが増えて欲しい
GAZOO編集部
「最後に荻野さんがモータースポーツに対して思うことを教えてください」
荻野さん
「自分で作るマシン、レースって少ないですよね。僕がレースを始めた時は、全部自分たちで作らなければ何にもなかったんですよ。あれはあれで大変だったけど、今の若いメカニックにもそういう経験をいっぱいしてほしいんですよね。そうしたモノづくりができる若いメカニックを、すでに遅いかもしれないけど、今から育てないといけないですよね」
「あとは、野生の勘で仕事するメカニックが増えて欲しいですね。給油している間はクルマに触ることはできないけど、見たり嗅いだりはできるわけで、ドライブシャフトのブーツが破けているのかなとか、デフオイルが温度が高くて吹いているんじゃないとか、いろいろ感じ取れるようになって欲しいですね」
メカニックとしての強いこだわりと豊富な経験、スキルを持つ荻野さん。インタビュー中は優し気な雰囲気で、どんなチームともドライバーとも上手くやっていく人としての魅力をも持ち合わせている方だと感じました。
そんな「職人」荻野さんに紹介していただいたスーパーな人は、30号車ビーマックス エンジニアリングでメカニックを務めている篠原輝雄さんです。
荻野さんが「あんな60代になれたらいいなと思います。人としても先輩としても尊敬できる方」と評する、ベテランメカニックにお話を伺います。お楽しみに~。
(GAZOO編集部 文:山崎真 編集:岡本淳 写真:山崎真/岡本淳)
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