[S耐のスーパーな人]Vol.9 佐々木孝太選手 苦労人が切り開いた「チームクリエイター」という道

さて、今回の「S耐のスーパーな人」は、村上モータースのオーナードライバー村上博幸選手からご紹介いただいた佐々木孝太選手です。働きながらレーシングドライバーを目指した苦労人であり、国内外の参加型レースに長く参戦するからこそ伝えたい、モータースポーツへの思いを伺いました。

社会人を経験したことが、今の仕事につながっている

──「レーシングドライバーを目指すきっかけは何ですか?」

「僕の父親も佐々木秀六というレーシングドライバーでもちろん父の影響が強いです。また、子供のころは鈴鹿サーキットに自転車で5分くらいのところに住んでいて、レースはもちろん、遊園地もプールもお祭りも、生活の中で鈴鹿サーキットが常に身近だったということも大きいですね」

「レースは、父が忙しくて帯同してもらえなかったり、資金的に余裕がなかったので、カートではなくスクーターレースから始めました。そのままバイクレースにハマり、当時世界で最高峰のバイクレースだったGP500(現在のMotoGP)にテストで乗れるくらいの実績はありました。ただ、やはり4輪レースをやりたいという想いが強く、23歳の時に転向を決断しました」

「ただ、速ければ活躍できると思っていましたが、バブルも終わってレース界も厳しい状況になりつつありましたし、メーカーが育成プログラムを始めてカート上がりの10代のドライバーと競ったり、年齢でNGとなったこともあったり、正直思ったより時間がかかってしまいました」

──「いつ頃からプロドライバーとして活躍できるようになったのですか?」

「30歳くらいまで働きながらレースに参戦していました。18歳でホンダの下請け企業に就職して、平日は8:00に出社して、週末はレースに出るという生活からスタートしました。その後4輪レースに転向したあたりから務めた運送屋では、港の倉庫一つの経営を任せていただきました。そこで、自分で仕事を組み立てたり、バイトを雇ったり、売り上げがない仕事は自分で徹夜で働いてレースに行ったり、といろいろなやりくりを経験させてもらいました」

「社会人を経験したことで、一般常識や仕事の大変さ、一般の方の苦労も経験していることが、今のチームを一から作り上げることとか、運営とかにつながっていると思いますし、逆に好きなことでお金を稼ぎたいという想いが強くなったと思います」

3年目で勝負ができるチームに進化した広島マツダ

──「佐々木選手がスーパー耐久に参戦するようになったきっかけは?」

「耐久レースは乗れる時間も長いですし、タイヤのマネージメントとかブレーキ、エンジンのいたわり方などの勉強ができると思い、当時トレーシースポーさんにお世話になっていました。27、8歳のころで、まだ倉庫で働いている時代ですね」

「代表の兵頭さんもめちゃくちゃ厳しくて、ドライバーが3人呼ばれるけどレースに出られるのは2人と、遅いと乗れないので必死でしたね。常々ギリギリのところでしたけど、S耐でチャンスをもらえて、S耐でいろいろ経験を積めたことが、その後のフォーミュラやSUPER GT、今の仕事にもつながっていると思います」

──「広島マツダさんはどのようなチームですか」

「広島マツダさんのレース活動は今年で3年目なんですが、本当にまったくゼロからのスタートでした。1年目は僕のKOTA RACINGが中心のチームでしたが、2年目からは半分以上は広島マツダさんがベースで運営して、今年3年目は100%広島マツダさんが運営しています」

「参戦目的の一つはメカニックの育成ですが、実際に年間6戦しかないS耐でいろいろ経験してもらうのってけっこう大変なんです。各店舗のディーラーメカニックが参加する研修メカニックは、去年までは毎回変わっていて、いきなりサーキットにきて初めてレーシングカーを見る人も多かったんです」

「でもそれだと、いろいろ慣れた頃にレースは終わってしまっていて、自分がやりたいと思っていたこともできなかったり、サーキットで経験したスピード感だったり、緊張感を普段の業務に活かせていませんでした」

──「どのようにその課題を改善しているのですか?」

「今年は必ず2レースに来ること、S耐に来る前に事前にサーキットでマシンをメンテナンスするということに取り組んでいます。そうしたら、事前にやってできなかったことの改善方法を、レースまでにみんなが考えてきてくれていて、チームの効率とかスピード感が上がりました」

「また1年目、2年目に来ていた人が少し先輩のようになって、初めて来たメカニックに声をかけたり教えるなど、3年目にしてようやく一つのレーシングチームになってきました。今ではドライバーとしても安心して乗ることができています」

「1年目は経験のあるドライバーに乗ってもらいましたが、2年目は新人のドライバーも乗せていたんです。でも、3年目はチームの体制も整ってきて勝負をしたいということで、ST5クラスでチャンピオンの経験があるドライバーにもきてもらっています。メカニックの力も上げて、速いドライバー入れて、マシンの戦闘力も上げて、オール広島マツダとして勝とうという体制で臨んでいます」

「レーシングチームにはなってきましたが、あくまでディーラーのスタッフが作り上げているチームで経験豊富な監督がいるわけではないので、その役割は僕が見ながらチームの運営をバックアップしています」

いずれは自分のS耐チームでたくさんのチャンスを与えたい

──「スーパー耐久はどのようなレースのイメージですか?」

「僕もよく参戦しているドイツのニュルブルクリンクでのレースでは、前後に8戦くらい4時間、6時間、12時間といったレースを経験して24時間レースに出ることができます。昔からニュルブルクリンク24時間は「世界一の草レース」と言われていますが、S耐もだんだんそういう風になりつつあるように感じます」

「S耐は参加型レースでジェントルマンドライバーも出られる、若いドライバーもここでチャンスをつかめる、メカニックも経験を積むことができる、本当に壮大な草レースというか、いろんなことが試せる、体験することができる場所だと思います」

「チームワークの大切さを実感できたり、特に24時間ではこれだけの男たちが涙するような機会って、普段の生活ではないじゃないですか。そういう気持ちになれるのって、SUPER GTよりもS耐のほうが強い気がします」

──「ジェントルマンドライバーがいることの意味を教えてください」

「S耐はジェントルマンドライバーがいるから成り立つレースだと思っています。プロドライバーは同じチームのジェントルマンドライバーをフォローして、コース上ではいかにさばいていくかというのが腕の見せ所です」

「そしてジェントルマンドライバーの方々がモータースポーツの楽しさとか感動とかモチベーションとかをこのレースで感じとって発信するからこそ、モータースポーツが盛り上がっていくし、プロドライバーがより尊敬されると思っています」

「もちろん、ちやほやするだけでなく、ルールもきちんと理解してもらって、ちゃんと抜かれ方、抜き方などのマナーも教えなくてはいけません。リスクのあることなのでチームとして安全を確保しなくてはいけないし、それを若手ドライバーもサポートしてくようなチームが増えてくると、すごくおもしろいと思います」

──「最後に、S耐での目標を教えてください」

「今はすごくいいチームに恵まれていますが、いずれは自分のチームで、メカニックも育てられる、ジェントルマンドライバーにもチャンスを与えられて、なおかつ若手ドライバーにも一緒に勉強してもらう、バランスのいいチームを作れたらいいなと思います」

「86レースのKOTA RACINGでは、ジェントルマンドライバーには若手ドライバーがレースを教えて、サーキットの外ではジェントルマンドライバーが若手ドライバーに一般的な常識を教えるといったことができていて、S耐でもそういうことができるといいですね」

──────────────

S耐、そしてニュルブルクリンクで多くのジェントルマンドライバーと接したからこそ、モータースポーツがより文化として定着するためのピラミッド構造の大切さについて常に熱く語る佐々木選手。S耐を観戦される方は、プロドライバーだけでなくぜひジェントルマンドライバーの方にも注目してみてください。

そんな佐々木選手からご紹介いただいたのは、有名パーツメーカーの代表ですが、モータースポーツについて語る時はまるで子供のような笑顔を見せていただいた木下正治チーム代表です。お楽しみに~!

(GAZOO編集部 文・写真:山崎真 編集:岡本淳)

MORIZO on the Road