[密着!S耐TV Vol.2] まるで深夜ラジオ。その魅力はファンとの親密さと繋がり感。S耐TV出演者の想いとは?

スーパー耐久シリーズ2021 最終戦(岡山)。我々はYouTubeで毎回レースの模様を余すところなく放送している『S耐TV(エスタイテレビ)』制作の舞台裏に密着し、その魅力を取材した。

先日お届けした第1回の記事では番組の概要と出演者たちを紹介した。

第2回目では、番組をメインで進行する福山英朗さん、数野祐子さん、MC平田さんの3人の出演者が、どのような想いで番組を作り上げているかを紹介しよう。

福山英朗さん(解説)「ラジオの深夜放送のような雰囲気を大切にして番組を作っています」

「家族や仲間が自宅に集まり、こたつで団らんしているような雰囲気を作り上げたい」

これはS耐TVで解説を担当する福山さんの想いだ。福山さんと言えば、国内のトップカテゴリーはもちろん、ル・マン24時間やNASCARウィンストンカップ・シリーズなど、海外のレースにも多く参戦した、レジェンドドライバーの一人。
そんな彼が国内最高峰の耐久レースで、“こたつで団らん”を意識して解説する理由は何なのか。

「モーターレーシングは危険を伴うスポーツです。でもスーパー耐久に集うドライバーたちはハイスピードの中で凄いことをなんなくやってのけています。でも彼らは『どうだ、すごいだろう!』という雰囲気は微塵も出さず、とても気さくです。番組ではその空気感を引き出していきたいと考えています」

こたつで団らん。これを別の言葉に言い換えるなら、AMラジオの深夜放送だという。学生時代、試験勉強をしている時にラジオを流していて、気付いたら勉強を忘れて夢中で放送を聴いていたという経験は誰もが一度はあるはずだ。
深夜放送が最盛期の頃は番組ごとに多くのはがき職人が存在して、パーソナリティーと視聴者がさまざまな交流を行っていた。

YouTube Liveで放送しているS耐TVでは、はがきの代わりになるのが放送画面の横に表示されるチャットだろう。視聴者はレース中継を観ながら、さまざまなことをチャットで投稿。そして福山さんはその言葉を拾い、レース解説の中に盛り込んでいる。

「視聴者のみなさんは僕に気を遣ってくれているのかな。コメントには全然悪口がないんですよ。僕はよくカフボックス(実況用マイクのON/OFFを行うスイッチ)を入れ忘れたまま喋ってしまうのですが、するとチャットで『カフ入ってないよ!』と大勢の方が教えてくれます(笑)」

  • 長丁場のレース実況となるため、放送中に順次お弁当や休憩の時間が入るのもS耐TVの恒例。視聴者も温かく送り出してくれる(提供:スーパー耐久機構(STO))

福山さんは軽く「こたつで団らん」と話すが、これは容易いことではないはずだ。いくらドライバーたちが気さくとはいえ、レースは命がけの真剣勝負。それを単に軽いノリで放送したら、チームもドライバーも相手にしなくなるだろう。
ましてやS耐TVはスーパー耐久機構(STO)が運営する公式番組だ。ともすればレース自体の信頼を失うことになりかねない。

長丁場の放送を通して流れるのんびりした空気感と、出演者、そしてドライバーたちを身近に感じる番組作り。これは長年第一線で活躍した福山さんだからこそ実現できるものだろう。

「そんなだいそれたものではないですよ。ただ、僕自身がレーシングファンだし、スーパー耐久に対する愛情はもっています。番組作りはそれがベースになっていますね。あとは選手のみんなから見ると先輩ではあるし、彼らも僕を尊重してくれていることを感じます。そんないい関係からS耐TVらしさは生まれているのだと思います」

これからも多くの人にS耐TVを楽しんでもらうためにどうすればいいか。福山さんの頭の中には多くのアイデアがある。もちろん企画を実現するためには予算が必要だし、ここ2年はコロナ禍でなかなか思い通りにはならなかった。
でも来シーズン以降も番組は様々なことに挑戦していくはずだ。

「僕の究極の夢はレースに出場して、コースを走りながら番組を実況することです。レーシングスーツを着て放送席で実況していて、チームのマネージャーが『福山さん、出番です!』とやってくる。僕は走ってマシンに向かい、ヘッドセットをしたままクルマに乗り込んで臨場感ある実況をする。それを許してくれるチームがあったら嬉しいのですが(笑)」

数野祐子さん(MC)「熱いバトルに興奮して実況を忘れてしまうこともあります」

「どれだけ事前に展開を予想しても、必ず予想外のことが起こるのが長丁場で戦うスーパー耐久シリーズの魅力だと思っています。2021シーズンは新しく参戦するチームも多かったし、雨に降られることが多かったので、余計に展開が読めないシーズンでしたね」

MCとして番組の実況を担当する数野さんについて制作陣に話を聞くと、みんな口を揃えて「勉強家」と話す。

普段からドライバーやチームのSNSや公式ページをチェックして情報収集。複数カテゴリーに出ているドライバーもいるので、他のレースも観てドライバーの調子を確認する。レース前には前走や前年の同じサーキットでのレースを振り返る。そして戦績はもちろん、気付いたことをノートにまとめ、サーキット入りしている。

「多くのマシンが走るし展開が早いので実際はそのノートを観ながら中継することはできないのですが、それでもノートにまとめることで自分の頭の中にデータが入っていく感じですね」

提供:数野祐子

“数野ノート”にはトップチームの情報だけでなく、スーパー耐久の9カテゴリーに参戦するすべてのチームの情報が集約されている。

「私が考えているのはS耐TVの想いでもある『すべてのチームにスポットを当てたい』ということです。一般的にレース番組ではどうしてもトップ争いに注目しますが、それ以外の部分にもバトルはあるし、ドライバーやチームのドラマがあります。スーパー耐久シリーズは参加チームが多いカテゴリーだからこそ、毎回少しでも多くのチームの情報をお伝えして、観てくれている人たちに共感してもらえたらと考えています」

  • スタンドから放送室に手を振るファンに手を振り返し、身振りを交えてコミュニケーションを取るなど、視聴者と近い関係が感じられる

4年前にスタートしたS耐TVでは、放送開始当時から数野さんの考えが番組に反映できていたわけではない。少しずつ番組の作り方を変え、今の形になっていった。それとともに番組と視聴者の距離感が近くなっていくことを感じているという。

「Twitterで視聴者さんがリプライをくれたり、YouTubeのチャットにいろんなことを書き込んでくれる。それがとても嬉しいですね。とくにチャットは放送中、私も福山さんもしっかり目を通しています。そして私たちから視聴者の方々に投げかけることも多いですよ。だからレースを一緒に観ている感覚になれるのかな。多くの視聴者さんは私よりもレースに詳しいので、チャットでいろいろなことを教えてくれます。それがものすごく助かっています」

数野さん曰く、S耐TVではいわゆるアナウンサーボイスではなく、ほぼ地声で話しているという。言葉遣いも大切なところではもちろんちゃんとするが、中継の中では福山さんと素で話している感覚を意識している。だからこそ我々もリラックスしてレースを観られるのだろう。

「レースが白熱して最後まで熱いバトルが続いた時は興奮してしまい、チェッカーですっかり実況忘れて叫んでしまいました(笑)。レース中継としてはダメかもしれませんが、私たちも視聴者と同じ目線でレースを観ていることが伝わったら嬉しいですね」

MC平田さん(ピットレポーター)「ピット裏だからこそ得られる情報を大切にレポートしています」

マシンがイレギュラーにピットインした際、いち早くピットに駆けつけ状況をレポートするピットレポーター。クルーが慌ただしく動く中で正確な情報を収集しなければならない難しい仕事だが、彼らが伝える情報により、観戦している我々はレースの臨場感を味わうことができる。

「ピットレポートの仕事でもっとも大切なのは情報の鮮度です。レース中に起こったことを映像で捉え、その詳細を伝えるまでのスピードがすべて。一方でレース中はチームも状況を把握するのに時間がかかることもあります。だからこそ僕はチームとの信頼関係を大切にして、なるべく早く情報を教えてもらえるよう努力しています」

こう話すのは4年前からS耐TVでピットレポートを担当するMC平田さん。平田さんはレース開催ウイークになると金曜日にはサーキットに入り、金曜土曜の2日間で参戦チームへの取材を徹底的に行う。ドライバー、監督、エンジニアなどチームのキーパーソンからさまざまな話を聞き、コミュニケーションを図る。

「今はほとんどのチームから顔を覚えてもらうことができましたが、最初の2年は情報を得るのに苦労しました。番組の洋服を着てパスをつけていても『誰だこいつ』という感じで、質問してもなかなか情報を教えてもらえませんでした」

マシンのセッティングなどはレースの作戦に直結する。レース本番でのトラブルとなるとなおさらだ。おいそれと話せるものではない。そんな中でも視聴者のために情報をもらう。平田さんはチームからの信頼を獲得するために並々ならぬ努力をした。

平田さんは20代の頃は草レースにドライバーとして参戦していた。そして25歳くらいから草レースの実況などを行うようになったという。その後は関西圏を中心にサーキット実況などの仕事をしている。自ら走っていた経験があるからこそ、ドライバーやチームスタッフに今なら声をかけられる、ということも感覚としてわかるのだろう。

時間をかけてチームとの信頼関係を築き、今ではS耐TVの“顔”として多くのチームから認められる存在になった。ピット裏を歩いているとドライバーの方から平田さんに声をかけ軽く立ち話。ここで交わす一言二言が、レースレポートに役立っているはずだ。

「一般的にピットレポーターはつなぎを着てマシンがコースから入ってくるピット側を歩いて情報収集します。でも僕はあえてピットの裏側(パドック側)を歩いて各チームの裏側を見て回っています」

「前を歩いていないので、マシンがピットに入った、タイヤを換えたという情報が入るのは遅れますが、裏にいると交代したドライバーや作業を終えたチームの情報が取りやすい。前と裏にはそれぞれメリットがありますが、僕は裏側のほうがファンとの距離が近いレポートができると思うし、それがS耐TVらしさにつながると信じています」

スーパー耐久はレースならではの緊張感とともにお祭り感も持ち合わせている。言うなればフェスのようなもの。ピットレポートでもその雰囲気を伝えていきたい。平田さんは笑顔でこう話す。

「日本最高峰の耐久レースであるスーパー耐久は、同時に壮大な実験場でもあります。それを象徴するのがST-Qクラス。水素やバイオ燃料で走るマシンがテストコースではなくサーキットでバトルする。これってものすごいことですよ。その最先端にピットレポーターとして触れられるのはすごく嬉しいことです。みなさんもS耐TVでそれを感じてみてください」

福山さん、数野さん、平田さんは3人とも、どうしたら視聴者との距離を縮められるのか、というよりも、同じファンとして一緒に楽しめるのかと言ってもいいだろうか、それぞれ役割が違う中で、同じ想いを抱いて臨んでいることが感じていただけただろう。

事前の準備はもちろん、サーキットに入ってからも休むことなく取材や情報収集、出演者同士の情報交換が行われおり、正直大変なことも多いだろう。
ただ、3人ともスーパー耐久が好きで、その魅力を伝えたいと心から思っているからこそ、努力もいとわず、そしてスーパー耐久ならではの番組を作り上げることができているに違いない。

全4回の3回目となる次回は、S耐TVの理念と同じように、制作にかかわるすべての人にフォーカスを当てるべく、制作の裏側に迫っていきたい。

(文:高橋 満<BRIDGE MAN> 撮影:堤晋一)

[ガズー編集部]

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