スーパー耐久参戦は「クラブ活動」!? ホンダの社員チームが本気で背負う人材育成といいクルマづくり
市販のレーシングカーから量販車を改造しレーシングカーにしたものまで、色とりどりなマシンが参戦するスーパー耐久シリーズ。このスーパー耐久に今シーズンも3台のFK8型シビックが参戦している。
そのうちの2台はST-TCRクラスに参戦し、FIAなどが定めるTCR規格車両としてメーカーが販売したマシンを購入して参戦している。
そしてもう1台の743号車のHonda R&D Challengeは、ST-2クラスに参戦し、量産車であるシビックタイプRを自分達の手でレーシングカーに改造するという、あえて大変な参戦方法を選んでいるチームだ。
もちろんそこには確固とした理由がある。
このチームはホンダの社員の中から有志で集まったメンバーが、「いいクルマを作ること」を目的に参戦しているというのだ。
しかしお話を伺ってみると、あくまでクラブ活動のような体制でありながらも、自動車メーカーとしての大きな命題を背負っているというユニークなチームでもある。
今回は本田技研工業の広報部に所属しながら、このチームの代表を務め自らもドライバーとして走る木立純一選手に、このチームの成り立ちから普段の活動、そしてこのチームの目指すところなどを伺った。
継続的に人材育成をするために
まずチームの成立ちについて、木立選手に伺った。
「2017年に人材育成を目的に、当時はニュルブルクリンク24時間レースへの参戦を目指してチームを立ち上げました。普段からホンダとしてもニュルブルクリンクで訓練をしていましたが、もう1歩踏み込んだレース活動をすることで、さらにステップアップすることが目的でした。
私がホンダの中でニュルブルクリンクのドライビングインストラクターをやらせてもらっていて、シビックタイプRの開発メンバーとジョインするような形で立ち上がりました。
2017年に、FK8型のシビックタイプRは、ニュルブルクリンクでのFFでの最速ラップをたたき出しているが、それをさらにレースを通じて深化させていこうとしていたのだろう。
しかしその活動もすぐに立ち止まることに……。
「実は、いろいろな事情で2019年にこのチームはいったんクローズとなってしまったんです。ですが、チームも2年以上活動してきていましたしそのまま終わるのではなく、自己啓発のための活動ということで会社に継続の交渉をしたところ了承をいただき、支援もいただきながらリスタートすることができました。
そして今シーズンについては、会社側から継続して人材育成をするための体制が必要という話があり、支援も増えたことでフル参戦することができるようになりました」
チームの目的はいいクルマづくり
こうして無事2019年にチームとしてリスタートを迎えスーパー耐久に参戦することになったわけが、その目的を改めて伺った。
「チームの目的はレースの勝ち負けではなくていいクルマを作ることです。一部は耐久レース用のパーツを使っていますが、それ以外は量産車のシビックタイプRをベースにしてマシンを製作しています」
ホンダとしても、スーパーGTなどレースに勝つためのクルマを製作しているが、量産車として「お客様に安心して使っていただけるクルマ」とではまったく考え方が違うという。
「量産車からレーシングカーを作ろうとしてもいろいろと課題が出てくるので、それを一つ一つ改善してステップアップしていく。そうするとまたいろいろな問題が出てきて、またその対策をしてということを繰り返しています。
そうして貯めた知見やデータ、例えばパーツの耐久性だとか剛性の考え方や、レースを通じて限界で走るということで得られる挙動だとか、その挙動がクルマにどういう影響を与えるかということなど、量産車の開発では分からないこともたくさんあり、非常に勉強になっています。
そして、チームにはシビックタイプRの開発主査である柿沼秀樹もドライバーとしておりますので、得られた知見やデータは新型車の開発にも“即断即決”で取り入れていっています」
「クラブ活動」でも妥協なき使命感
これまで、トヨタ、スバル、マツダにもお話を伺い、各社同じようにレースを量産車の開発に対して重要な位置づけとしていたが、それはホンダとしても変わりがないようだ。
ただし、木立選手がいうように「自己啓発」であるがゆえに、そのアプローチは少し異なるようだ。
「現在メンバーは20人くらいいますが、クラブ活動のようなもののために、平日は業務が終わった夜や土日に集まって、クルマを作っているんです。それでも興味のある20代、30代の社員を中心に集まってきてくれていて、みんなすごく熱い思いで取り組んでくれています」
会社からの支援が増えフル参戦できるようになったとはいえ、業務としてではなく本当に「クラブ活動」として社員が取り組んでいるということに頭の下がる思いだ。
しかし、クルマづくりのプロである以上、この活動に妥協はなく、このチームの活動を本気で会社に還元したいという思いも聞くことができた。
「会社からも言われていますが、継続していくことがとても大事だと思っています。チームもメンバーを入れ替えながら、新しい人にも入ってきていただき、ここで積んだ経験を自分の職場、業務で活かして欲しいですね。
最終的にはいいクルマづくりをやっていかなくてはいけないので、このチームの目標の一つはここで経験を積んだ人が量産車開発の主査などになりいいクルマを作ってもらうことです。
それがどんどん広がっていくことはホンダとして価値があることだと思っていますので、それを継続できる体制、仕組みを作って行くことが僕たちの使命なんです」
お客様に提供すべき普遍的な価値とは?
昨年よりスーパー耐久にはST-Qクラスというクラスが新設され、水素エンジンやカーボンニュートラル燃料を使った開発車両が参戦をしている。
ホンダとしても、独自に藻によるカーボンニュートラルの研究を進めたりしているが、そうした形での参戦は検討しているのだろうか。
「もちろん、イメージはしています。
でも、これから電動化やカーボンニュートラルの流れが進んできも、レースという活動するフィールドは変わらないと思います。例えば、パワーユニットが電動したり、走らせるマシンが電気自動車になったとしても、いいクルマづくりに対して提供できるものには普遍的なものがたくさんあります。
将来的に自動運転が普及したとしても、自分で運転すること、自分でクルマをコントロールする楽しさなどは永遠に続くはずですので、その時にホンダとして、お客様にどういう価値を提供できるかということはすごく大事なことです。
お客様には高いお金を出してクルマを買っていただくわけですし、カーボンニュートラルだから運転する楽しさは我慢してくださいとは言えないので、常に言い訳なしで運転して楽しい車を作っていかなくてはならないと思っています」
最後は少し未来的な話になったが、この「クラブ活動」を通じての木立選手の夢は、当初のチームの立ち上がった目的でもあるニュルブルクリンク24時間への参戦だという。
そして、明言をいただくことはできなかったが、チームとして新型のシビックタイプRでの新たな活動に向けて、若手のメンバーはやる気満々なんだそうだ。
取り組み方の違いこそあれ、やはりレースを通じたクルマづくりの重要性はどのメーカーも共通なのだ。そして、それをさまざまな形で実現することができるスーパー耐久というレースは、純粋なエンターテインメントとしてのみならず、非常に大きな期待が寄せられている。
スーパー耐久のファンの方も、そうではない方も、こうしたことを知り、話し、さらには現地で観戦することは、次世代のクルマ開発を目の当たりにし、ちょっとだけかもしれないがそこに貢献することができることなのかもしれない。
ぜひみなさんもそんな活動に参加してみてはいかがだろうか。
(文:GAZOO編集部 山崎 写真:堤晋一)
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