レーシングカーにエアコン!? スバルがスーパー耐久で挑む自動車メーカーだからできること
「今回エアコンを積んできているんです」
これは、スーパー耐久のST-Qクラスに今年から参戦したスバルのメーカーチーム、Team SDA Engineeringの本井雅人監督に伺ったことだが、レースファンであれば、「レーシングカーにエアコン!?」と驚かれる方も多いかもしれない。
パワーロス、重量増加、レーシングカーにとってうれしくない状況ではあるが、なぜあえてエアコンを搭載してきたのだろうか。
また、開幕戦から第2戦に向けて、「イメージとしてはフルモデルチェンジくらい変わっている」という、Team SDA Engineering BRZ CNF Conceptの開発状況を、第2戦が行われた富士スピードウェイにて本井監督に伺った。
「開幕戦の時からはジオメトリー、ブッシュ類、取付点などをすべて見直してシャシーを一新していますし、フロントのアップライトは新しものを導入しています。軽量化もだいぶ進めてきています。
また、第2戦は24時間と長いレースですので、ドライバーのホスピタリティも重要だと考えエアコンをつけています。クールスーツだと量産車の技術開発につながらないことと、冷却するためのユニットが意外と重いんですね。だったらコンプレッサーつけてもいいんじゃないかと。
パワーが必要なところはコンプレッサーを使わないようにしてるのでパワーのロスもないんです。減速やパーシャル(一定の速度で走行している状態)の時にはコンプレッサーが作動していますが、加速時のパワーが必要な時には空回りしています。
だから重量の増加分しかネガティブな要素が無いんですね
また、車室内全体を冷やすのではなくて、シートとかヘルメットを冷やすなどレーシングカーならではの使い方ではありますが、必要十分な効果が得られていることが実証できましたし、ドライバーからもその効果に対していいコメントをもらっています。
しかもその制御は量産のものを使用しているんです」
開幕戦から約2か月半あったとはいえ、これだけの開発を進めてきているもの驚きだが、本井監督の言葉は止まらない。
「操作パネルなども開幕戦のあとドライバーの意見を取り入れて、スイッチ類も全部変えてきていますし、モニターの位置とかも見やすい位置にずらしています。
あとは、最近の3Dプリンターは優秀なので、ボンネットのルーバーなんかもそうですが、3Dプリンターの部品もたくさんついています。もう、できることはすべてやってきたつもりです」
自動車を開発しているメーカーの強みをしっかり活かし、ベースの図面から新たな図面を起こしていく。参戦の目的は量産車に対してもっといいクルマづくりをすることではあるが、目の前のレースに対しての本気度も半端ないことがひしひしと伝わってきた。
鎌田選手がドライバーとエンジニアのギャップを埋めてくれた
第2戦の24時間レースは文字通り長時間のレースのため、ドライバー登録が6人まで認められている。
今回のレースで助っ人としてエントリーしたのは、販売店向けの研修試乗会などでも一緒に活動しているという吉田寿博選手と鎌田卓麻選手だ。
吉田選手は長くスーパー耐久に参戦した経験も持ち、スバリストご用達のパーツメーカー「PROVA(プローバ)」の社長も務めている。そんな吉田選手のことを「いつもスバルのことを考えていてくれていますし、こうやってサーキットに戻ってきてくれるとうれしいですよね」と語り、頼もしそうに眼を細めたのが印象的だ。
そして、もう一人の鎌田選手は、全日本ラリー選手権で活躍するトップ選手であるが、鎌田選手が加わったことでの効果を強く感じているという。
「市販車に近いラリー車を自分でセットアップしてドライバーとしても走っているので、ドライバー側の言葉をうまくエンジニアに伝えて、ギャップを埋めてくれたんです。もちろんドライバーとしての技術も高いのでいろいろな相乗効果が出ています」
吉田選手、鎌田選手が加わったことで、「本当にいいチームになりました」と本井監督も全幅の信頼を寄せていた。
そんな鎌田選手もこのスバルのプロジェクトに対して熱い想いを抱いている。
「全日本ラリーで経験していることも意見として取り入れてクルマの方向性を決めてくれているので、レースで勝つためというよりはいいクルマを作るための、もう一つのテストの場というイメージですね。
スーパー耐久に参戦しているBRZは量産車の開発も兼ねているため、少し車高も高いですし、ちゃんと車をロールさせながら走らせることは、レースのセオリーからいうと間違っているんです。じゃあ、車高を落とすことのメリットやデメリットは何なのか、ということを、量産車開発のエンジニア達が考えながらやっていることがこのチームの価値です。
レースで走らせることで見たことも聞いたこともないトラブルがたくさん出ていると思います。そこを一つ一つ解決していくということがすごく開発にとって有効なことなんだと思います」
廣田選手の後輩への熱きエール「使う側ではなく作る側に」
開幕戦からドライバーラインナップに名前を連ねる廣田光一選手は、スバルの社員ドライバーで車両運動開発部に所属し、多くの量販車開発に関わっている。
そんな廣田さんからは、このプロジェクトを支える20代の若手のエンジニアたちに対しての熱い想いを伺ったので、ぜひとも紹介しておきたい。
「今回サーキットに来ているのは20代のエンジニアばかりで、もどかしいところもあります。でも未知の場だからこその失敗はありますし、失敗の経験があれば失敗しないプロセスを身につけることができると思うので、それを周りに広めて欲しいですよね。
現在は車両の開発に関するデータの解析が進んでいて、ある程度の条件を計算機に入力すると答えが出てきます。でもここにいるメンバーは計算機に数字を入力する人材ではなく、計算機を作る人材に成長してほしいですよね」
いかがだったろうか。スバルがレースという新たなテストフィールドを使って、クルマ、技術、人材と量産車に関わる全方位的な開発を進めていることを少しでも感じていただけたらうれしい。
昨年からスーパー耐久に新設されたST-Qクラスの価値は、開発車両を走らせることができるということ以上に、新しい挑戦を通じて普段の業務では経験できない失敗や試行錯誤を糧とする、人材育成と新たなプロセスの開発ができることなのかもしれない。
(文:GAZOO編集部 山崎 写真:堤晋一、折原弘之)
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