【実録レポート】公式レース未経験者のヤリスカップへのガチ参戦記

今、日本で最も注目を集めるワンメイクレースと言っても過言でないTOYOTA GAZOO Racingのヤリスカップ。91台のエントリーを集めた開幕戦の盛況ぶりに触発され、参戦を検討している人は多いはず。しかし、未経験者が挑戦しようと思っても、準備やかかる手間を煩わしく感じてしまい、あきらめてしまう人がいるのも事実。そこで、このレースのHOW TOを伝える良い方法がないかと思案していたところ、86でスポーツ走行を楽しむアマチュアドライバー、霜尾明宏さんからメッセージが。

「86オーナー同士でチームを結成し、ヤリスカップに出場することになりました。私を含めメンバーのほとんどが公式レース未経験で、ヤリスカップカーは人生最大の衝動買い(笑)。どんな結果になるかまったくわかりませんが、良かったら取材してみませんか?」

おお、なんと良いタイミング! 話はとんとん拍子に進み、霜尾さんがドライバー兼チームオーナーを務める「86 RACING YARIS CUP CHALLENGE(865号車)」(以下86 RACINGチーム)のヤリスカップデビュー戦の密着取材をすることになりました。取材レースは西日本シリーズ第2戦の鈴鹿。事前の準備からレースウィーク、参戦を考えている人へのアドバイスなど、ヤリスカップに出場するためのHOW TOをたっぷりご紹介します。

レース本番1カ月前までに準備したこと

A級ライセンスを取得する

鈴鹿のコースがお気に入りで、これまでタイムアタックに力を入れてきた霜尾さん。仕様の異なる86とタイムを競い合ううちにイコールコンディションのレースで実力を試したいと思うようになり、昨年の12月にA級ライセンスを取得。A級ライセンスはヤリスカップ出場に必要な言わば“レースの免許”で、霜尾さんは鈴鹿で行われている「SUZUKAエンジョイAライ」に参加し、試験をパスして取得しました。

販売店でヤリスカップカーを購入

A級ライセンス取得時には、まだヤリスカップへの参戦を決めていませんでした。しかし、カップカーの手ごろな仕様が明らかになるにつれ、霜尾さんの夢はどんどん膨らみます。2021年の1月下旬、販売店にカップカーのオーダーが殺到していることを聞き、注文書にサイン。この日を境に西日本シリーズ第2戦出場に向けた準備がスタートしました。ちなみに納車は本番3週間前の5月末ごろ。なんと4か月待ちです。

親友とチームを結成

レースに参戦を決心したら、最初に行わなければいけないのがチームづくり。ヤリスカップ出場にはドライバーとピット責任者の最低2人が必要のため(兼任不可)、86オーナーつながりで仲間を探します。霜尾さんはもともと、86オーナー同士で作った軽耐久レースチームに所属しており、そのメンバーである友人が立候補。ほどなくチーム体制が決まりました。メンバーはピット責任者の合谷征勝さん、メカニックの保田直樹さんと大山隆治さん、応援担当の宮脇誠さんの4人。もちろん、全員ボランティアです。保田さんと大山さんは自動車関連企業に勤める整備のプロですが、公式レースの経験を有するのは合谷さんだけ。いわばレースの素人が集まったチームです。

  • 前列左から大山さん、霜尾さん、宮脇さん。後列左が保田さん、同じく右が合谷さん

  • 86でのスポーツ走行の様子。手前から霜尾さん、保田さん、合谷さんの86。一番奥が宮脇さんのスープラ(86から乗りかえ)

レースへのエントリー手続き

次に行ったのがエントリーに関する事務手続き。ヤリスカップに初めて出る場合、T.R.Aレーシングパスポートの登録と出場サーキットへのエントリー(今回は鈴鹿)という2つの手続きが必要です。霜尾さんは4月中旬にT.R.A.レーシングパスポートの仮登録(車台番号と車両ナンバーが決まっていないため)を行い、5月上旬に鈴鹿へのエントリーを済ませました(エントリーフィー4万2900円の支払いは5月下旬)。本登録が終わったのはカップカーが納車された本番直前。これらの流れは個々の状況によって異なるかもしれないので、T.R.Aに確認をとりながら進めると安心です。

レース本番1か月前から準備したこと

レース参戦用の部品購入

レース参戦に必要最低限な部品の準備。購入した主な部品は以下の通りです。

  • タイヤ(GOODYEAR EAGLE RS SPORTS S-SPEC)×2セット
  • ホイール(ENKEI、ADVAN)×2セット
  • ブレーキパッド&ホース(PROJECTμ)×1台分※モニター利用
  • オイル(GR MOTOR OIL 0W-16)※モニター利用
  • シートレール(BRIDE)※シートは86から流用

準備と予算の大半を占めるのがタイヤとホイール。霜尾さんは本番前に2日間の練習走行を予定しており、練習用と本番用に2セット8本を購入しました。また、並行してヤリスカップ出場に必要なドライバーの装備も用意。シャツ、パンツ、ソックス(2枚)、フェイスマスク(2枚)を購入しました。

  • ドライバーの装備品はすべて安全基準を満たした規格品です

納車されたヤリスカップカーをレース参加用にする

本番の2週間前、6月5日に待望のカップカーが納車されました。すぐに慣らしを開始。週末の合計3日間で1100km(!)を走破し、部品の取り付けとラッピングを行いました。ゼッケンなどのステッカーもT.R.A.からもらっていたので、競技規定通りに貼付。メンバーの手を借り、なんとかヤリスカップカーの準備が整いました。

  • ラッピング前のカップカー。作業全般は大山さんのプライベートガレージで行いました

サーキットでの事前準備

ピット設営と練習走行を行う

86RACINGチームはレースウィークの金曜日に現地入り。公式レースの場合、屋外のパドックがチームの待機場所になることが多いのですが、今回はカーナンバー毎にピットが指定されています。テントを立てる必要がないので、荷下ろしレベルで設営は終了。

割り当てられたピットは32番。と言っても1台で1つのピットを使うのではなく、3台でシェアしながら使用します。隣同士にしてほしいチームがある場合、T.R.A.に希望を出すことができるので(その通りになるとは限らない)、霜尾さんは日頃から交流のある大島和也選手(BLOOD SPORTS)の近くをリクエスト。希望通り同ピットとなりました。

  • 左の列が32番ピット。並び順は指定されています。2台前に大島選手のカップカーが見えます。

  • 作業に必須のエアはピット内で分配して使用

金曜日には2つの走行枠があり、本番に向けたセッティングの確認を行います。ピット作業は一般的な整備内容と大きく変わるわけではなく、保田さんと大山さんがテキパキとメニューをこなします。また、この日はJAF公式レースに初めて出場する人を対象にした初心者講習があり、霜尾さんが出席しました。

公式車検を受ける

そして土曜日。天候はあいにくの雨。予選ができるのか心配な状況ですが、エントリー手続き、装備品チェック、公式車検とスケジュールは粛々と進んでいきます。公式車検では車両の検査とは別に、レースで使用するタイヤのチェックとマーキングも。装着位置まで申告するので、これ以降、交換や位置変更は原則できません。

  • 装備品チェックの列に並ぶ霜尾さん。左は大島選手

  • タイヤマーキングの様子。矢印の進行方向に向かってタイヤが並べられています

ドライバーブリーフィングを受講

お昼には全選手が参加してのドライバーブリーフィングが行われ、予選を待つだけとなりますが、雨が弱まる気配はなく、予選は順延に。日曜日の朝に予選、午後に決勝が行われる1DAYレースに変更となりました。カップカーは本番用のタイヤを装着したまま、1か所に保管。日曜日の朝6時30分に車両保管が解除されることになりました。

ついに予選そして決勝への出場

予選は大波乱

日曜日の天候は雲ひとつない青空。予選は8時35分から20分間行われます。予選のスタート前、大山さんがラップタイム表示用のスマートフォンを慌ただしく固定しています。取り付け位置に関して特に指定されているわけではないので、いろいろな方法を試しているようです。初参加の選手や経験の浅いチームの場合、他のチームに気軽に聞ける知り合いがいると良いでしょう。

  • ラップタイム表示用のスマートフォン

予選は作戦通り大島選手の直後でコースイン。しかし、アタックラップに入った1~2コーナー間で霜尾さんがハーフスピンしてしまい、車体後部からタイヤバリアにヒットしてしまいます。なんとかピットに戻り、応急処置を施して再スタート。残りわずかな時間で34位のタイムをマークしましたが、再スタート時にピットレーンの速度違反があり、2グリッド降格となりました。

予選で車両を破損したのでリペアエリアで修理

予選終了後、戻ってきたクルマをチェックすると、フロントフェンダー、リアバンパー、ミラーなどが破損しており、修理が必要な状況。ピットでの大がかりな修理は許されていないため、リペアエリアでの修理を申請することに。保田さんが慣れない手つきで申請書に記入し提出。T.R.A.とオフィシャル立ち合いのもと、リペアエリアでの修理が始まりました。焦ってピット内で修理を始めてしまうと、ペナルティをとられてしまう場合もあるので、注意が必要です。

  • リペアエリアでの作業の様子

決勝でレースを楽しむ

メンバー総出で修理を行い、1時間もかからずに作業は終了。霜尾さんはこうして35番グリッドからスタートをきることができました。スタート直後に3台を抜くと、130Rでもライバルを抜くなど、レースの醍醐味を満喫。30位でチェッカーを受け、波乱のデビュー戦を完走で締めくくりました。チェッカー後、笑顔を見せる86RACINGのメンバーたち。保田さんは「楽しい時間をありがとう」と霜尾さんに感謝の言葉を伝え、5人にとって感動的な1日となりました。

  • メンバー全員の頑張りでグリッドに並ぶことができました

  • 普段、FRの86に乗っているだけに、FFの乗り方に戸惑っている様子も見受けられました

帰宅前の公道車検

メンバーと完走の喜びを分かち合うのもつかの間、ヤリスカップにはナンバー付き車両ならではの公道車検という検査があり、準備を整えクルマを移動しなければなりません。エアバッグの復帰やけん引フックの取り外しなど、レース仕様から公道走行が可能な状態に戻してから車検を受けるのですが、霜尾さんのクルマはミラーにヒビが入っていたため、当日パドックで購入した純正部品に交換してからチェックを受けました。これで第2戦の全スケジュールが終了。86RACINGチームの長い3日間が幕を閉じました。

  • 公道車検前、ミラーの鏡部分を交換する大山さん

これから参加する人に霜尾さんからアドバイス

わずか5か月間という短い準備期間でヤリスカップデビューを果たした霜尾さん。これからヤリスカップにデビューする人たちへのアドバイスとして「雰囲気にのまれず気持ちを強く持ち、クルマを必ずコントロール下におくこと。これができればどなたでも楽しめます。あとしっかり練習してからいかないとダメですね」と語ってくれました。4人のメンバーも、公式レースのハードルは意外と高くないと実感できたようで、霜尾さんに鈴鹿だけではなく、最終戦岡山にも出場するよう、早くもはっぱをかけていました。1人では難しくても仲間が集まればヤリスカップデビューは十分可能。今回の実録レポートを参考にしていただき、夢を実現してもらえたら幸いです。

  • 霜尾さんは第4戦の鈴鹿に出場する予定。メンバーのサポートによりチームの体制も強化されるでしょう

取材協力:86RACING YARIS CUP CHALLENGE
文・写真:奥野大志

[ガズー編集部]

MORIZO on the Road