F1初観戦 …TBS安東弘樹アナウンサー連載コラム
前回のコラムでは初めて買ったF1チケットの高価さに驚き、その是正の必要性を主張するのと同時にモータースポーツのチケットはフリー走行や予選、決勝と各日バラ売りをするべきだという事を書かせて頂きましたが、この度、実際に初めてF1観戦をしてみて、改めて、自論に確信を持ちました。
今回、私と長男は金曜日に名古屋に入って泊まり、翌土曜日に鈴鹿に向かう、というスケジュールで観戦する事にしました。チケットが、これほど高価なのだから、土曜日のフリー走行3と公式予選でも、さぞかし多くの人が入るのだろう思い、渋滞を覚悟し、朝、早めに名古屋のホテルを出発しクルマで鈴鹿サーキットに向かいました。
確かに東名阪道、鈴鹿インターチェンジの10キロ以上手前で渋滞はしていたのですが、何故か鈴鹿インターの手前2キロ程で渋滞は解消し、インターチェンジを降りた後も渋滞は無く、スムーズにサーキットに着いてしまい、想定の2時間前に入場する事が出来ました。
拍子抜け、とは正にこの事です。
お蔭で、トークショーに出演していた中嶋一貴選手に会う事が出来たり、色々な関係者に御挨拶が出来たりしたのは良かったのですが、何か釈然としない気持ちになりました。
サーキットまでスムーズに到着出来た事に驚いた旨を、ある関係者に伝えた所、「慣れているお客さんは、前日の深夜にはクルマを駐車場に停めて、渋滞を避けるし、近辺の住民の方は、1年に一回のF1開催の週は、混雑を避けて他の何処かに遊びに行くか、家から出ずに過ごすんです」との返答でした。
しかし、フリー走行に続いて、公式予選が始まった時に、混雑、渋滞が少なかった理由が明確に解りました。勿論、関係者の方が、おっしゃった理由も、その一つだと思いますが、最大の理由は“純粋に観客が少ない”からだと私には思えました。
私と長男の席は、グランドスタンドの前寄り(第一コーナー寄り)、1番グリッドの、すぐ横で、フェラーリのピットの正面の、前から11列目という嬉しい場所でした。
ゾーンは選べますが具体的な席を指定出来る訳ではないので、席に着いた瞬間は「おー、決勝ではポールポジションのクルマのスタートを、目の前で観られる!」と息子二人で興奮しましたが、今は周りの席に、人は、あまり居ないけど、きっと公式予選が始まる頃には前の10列まで人がイッパイになるだろうし、ましてや決勝のスタート時には、前の人が立ち上がったりしたら、ちゃんと、その瞬間が見えるかどうか、息子と二人で心配していました。
しかし土曜日には、とうとう私達より前列には、殆ど観客は来ませんでした…
また拍子抜けです。
全体を見渡しても、埋まっている席は4割程度でしょうか。ドライバー達のテンションが下がるのではないかと心配になりました。唯、私の周囲の人達も決勝しか行けない、という声が多かったので、予選は、こんなものか、と納得し観戦を続けました。
予選は、ニコ・ロズベルグがポールポジション、そして残念ながらマクラーレン・ホンダは15位と17位、でも初めてのF1観戦初日は、やはり生の迫力に圧倒され、しかも自分たちの前には観客が殆ど居ない為、視界も開けていて、存分に楽しむ事が出来ました。
しかし、翌日の決勝は沢山の人が来て、自分達の席の周りも、ほぼ全部が埋まる事を想定し、私は息子に対して「きっと明日の決勝は、周りの席は満員になって大変だろうから、迷惑にならない様に大人しく観ような。トイレも明日は混んで、すぐには入れないだろうから、早めに、ちゃんと言うんだぞ」等と、注意をしながら鈴鹿サーキットを後にしました。
そして決勝当日、朝には強めの雨が降っていましたが、午前中にはすっかり上がり、今度こそ、の大渋滞を想定し、かなり早く名古屋を出発しましたが、何と土曜日よりも東名阪道の渋滞は少なく、またしてもかなり早い時間に着く事が出来たのです。
今回3回目の拍子抜けです(笑)
何か不思議な気持ちで席に着くと、私の席の周りは昨日とあまり変わらない観客数でした。早く着いたお蔭で、前座?のS-FJという、若いドライバーの登竜門的なレースや、サポートレースである“ポルシェ カレラカップ”等も、ゆっくりと観戦する事が出来ました。
そして、決勝が近づくにつれ、やはり観客の数も徐々に増えて来ます…。
「やっぱり、ここからF1の本領発揮だな。昨日は誰も座っていなかった目の前の席に置いていたバッグを今日は何処に置こうかな」等と心配をしながら、決勝の、その瞬間を待ちました。
そして、いよいよ、その瞬間が、やってきました。スタートシグナルがオールレッドになった後、ブラックアウト!エンジン音とスキール音の轟音とともに、目の前のマシンが一斉に走り出します!第一コーナーの向こうに全車が消えて行った後、「やっぱり生は凄いね!」等と、興奮して息子と一通り話した後、ハタと、ある事に気付きました。
そう、バッグの置き場の心配が杞憂に終わっていたのです。
私達の前の席には誰もおらず、前日の予選と同じく前の席にバッグを置いたままでも問題が無かったのです。
観客数は予選と比べて2割程度、増えた位でしょうか?冷静になってみると、大きな疑問が湧いてきました。前回、申し上げましたが、30センチ四方のプラスチックの小さな椅子二つ分で8万円超。物の値段というのは基本的には需要と供給のバランスで決まります。ですから、超人気のアイドルのチケットは、手に入りにくく、ネット等でも高騰します(最近は非合法、非常識な販売が問題になっていますが)。
しかし、決勝でも私の前の席にバッグが置け、全体でも7割位しか埋まっていないF1のチケットは正規のチケット料金が、何故、ここまで高価なのか。
今までF1を観戦した事が無かった私は、モータースポーツが日本ではマイナーと言っても、F1は別格で、毎年、超満員になるからこそ、この様な価格でも皆が買ってくれるのだと、実際の決勝を観戦する瞬間まで思っていました。
ところが…、現実は…、厳しいものでした。
日本ではF1でさえ、最近は満員にはならない様です。
後で、PIT-FMという鈴鹿サーキットと鈴鹿市で聴けるラジオのスタッフの方に聞いたのですが、やはりここ10年位、徐々にお客さんは減ってきているそうです。
しかし、私が契約している、唯一F1を全戦生放送で観られるCSチャンネルでは、毎年、しきりに実況のアナウンサーや解説の方が「各ドライバーは、鈴鹿は本当に沢山の観客が熱狂的に応援してくれるので、モチベーションが上がると言っている」等と話していたので、正直、そのギャップに驚きました。
今回、実際に観戦してみて実感しました。はっきり申し上げます。日本では、もはやF1も完全にマイナースポーツです。にもかかわらず、20年前と同じ感覚で商売をしていたら、確実に日本では、衰退していくでしょう。
今回のF1観戦の前後で私が実際に聞いた様々な方の声を、皆さんにも紹介させて頂きます。願わくは、日本のF1関係者に届けば、尚、有り難いです。
まず、今年のスーパーフォーミュラ富士を観戦した時に、私に声を掛けて下さった熱烈なモータースポーツファンの御家族は、「国内のレースは出来るだけ観に行きますが、F1なんて、とても家族で観に行けないです。その月は餓死しちゃいますよ(笑)」
実は、この時は、まだF1チケットの値段を私は知らなかったので、謙遜が入った完全な冗談だと思っていましたが、今思えば、あながち冗談ではなかったのかもしれません。
また、夫が高収入の方で、ちょっと浮世離れした生活をしている同僚の女性(ちなみに飛行機はエコノミークラスには乗った事が無いそうです)と、F1観戦の翌日、会社で、こんな会話をしました。
「フェイスブック見たけどF1を観に行ったんだね!」(私がお世話になっているスタッフも鈴鹿に来ており、その方が私との写真をSNSにアップしていたのを見て)
「今でも日本でF1やってるんだ。知らなかった!」
私、「そう、息子の為にも高いチケットを買って、行ってきました。お父さん、頑張りました!」
同僚女性、「へー、いくら位なの?」
私、「息子と二人で8万円ちょっと」
同僚女性「はい!?レースクイーンのお姉さんが飲み物とか持って来てくれる個室とか、取ったの?」
私、「いや、57万円の席というのが有るから、そこは、そうかもしれないけど、僕の席は、屋根も荷物置き場も無い小さな椅子だけ」
同僚女性「何それ、8万だったら、下手したら、アマン(世界的に有名なリゾートホテルチェーンで、一昨年の12月、東京に進出)に泊まれるじゃん。ちょっと興味有ったけど、絶対に行かない!」
エコノミークラスに乗った事が無い様な経済感覚の持ち主にさえ驚かれる価格だという事が分かりました。
これらの会話は勿論、実話です。皆さん、もうお分かりですね。
このままだと、純粋なモータースポーツファンも、これから興味を持って観に行こうという人も、どんどん離れて行ってしまいます。
改めて、申し上げます。F1に限らず、まずモータースポーツのチケットは各日、バラ売りにして、その日毎の稼働率を上げて、その分、割安にして頂きたいです。
今のチケット販売のシステムでは、そんなに難しい事ではないのではないでしょうか。
特にF1に関しては、最低限、今の半額位にしないと、一般的な家族や新規のお客さんには振り向いてもらえないと思います。
今回、鈴鹿サーキットの広報の方と、お話した所、今の価格でも赤字だと、おっしゃっていましたが、あれだけ空席が有れば、そうなると思います。勿論、断言は出来ませんが、バラ売りにする事も含めて、チケットを全体的に半額程度にする事で各日の空席が埋まれば、状況は今より良くなる可能性は無いでしょうか?
今、日本全国、様々な業種で、革新的な手法によって、一度落ち込んでしまったコンテンツ(ハード、ソフト共に)が息を吹き返す事例が多々あります。
例えば廃線寸前のローカル線が、ちょっとした工夫と新しいサービスの提供で、劇的に業績を伸ばし数年で黒字化した、等という例は枚挙に暇が有りません。
勿論、F1という巨大なコンテンツに組み込まれた日本GPだけが変わるのは難しいと思いますし、チケットの料金設定にも、それなりの理由が有るのは理解出来ます。
唯、今回、見えた空席の数が、これ以上増えない様にしなければ、少なくとも日本でのF1の将来は明るいとは言えないのは確かです。
WRCの様にカレンダーから日本GPが消えてしまう前に、何か手を打つ必要が、間違いなく有ると強く思ったF1初観戦でした。
安東 弘樹
[ガズ―編集部]
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