Fun to Driveの原点、トヨタ・スポーツ800と暮らす喜び
かつて、トヨタ自動車が「Fun to Drive」を企業スローガンに掲げていたことを覚えているだろうか?2011年にも「FUN TO DRIVE, AGAIN.」という企業スローガンを打ち出したが、1984年から1987年に掛けてテレビCMなどで「Fun to Drive」という言葉を目にしているかもしれない。いわばこちらが原点だ。それから遡ることさらに20数年前、1962年の全日本自動車ショーで展示されていたショーモデルを基にして、1965年にトヨタ・スポーツ800が誕生した。いわゆる「ヨタハチ(以下「ヨタハチ」)」である。
790ccの排気量から最高出力45馬力を発生する空冷水平対向2気筒エンジンをフロントに搭載。全長×全幅×全高:3585×1465×1175(mm)、車両質量580kgという、現代の軽自動車よりもはるかにコンパクトなクルマだった。戦時中に戦闘機を設計していた長谷川龍雄が手掛けたヨタハチのデザインは空力に優れたボディを纏い、最高速は155km/hに達した。現代から遡れば50年も前に「Fun to Drive」のマインドはすでに芽生えていたのだ。
1967年に発売されたトヨタ・2000GTの車両本体価格は238万だったのに対して、ヨタハチは59.5万円だった。当時の大卒の初任給が2万6000円前後といわれていた時代。決して安価なクルマではないが、それでも2000GTに比べたらはるかに現実味を帯びたモデルだったといえる。
良く晴れた秋晴れの駐車場に数台のヨタハチが停まっている。「スポーツ」を名乗っているが、丸みを帯びたフォルムのお陰で攻撃的な雰囲気は皆無だ。クルマに興味がないような若い女性がこのヨタハチを見掛けたら「カワイイ!!」を連呼してスマートフォンのカメラで撮りまくるかもしれない。シルバーの個体のオーナーらしき親子に話し掛けてみた。
「実は、自動車関連のデザインの仕事をしていた時期が長かったもので。このヨタハチは自分とほぼ同年代のクルマなんです。手に入れてから7年くらい経ちましたね。」と快く取材に応じてくれた。
親族が自動車整備業を営んでいるオーナー氏。このショップでスバルR2を3万円で購入したところから愛車遍歴がスタートする。ホンダ・バラードスポーツ CR-Xやスズキ・カプチーノ、メルセデス・ベンツ190E、サーブ・900など。これまで、国内外のあらゆるクルマを乗り継いできた。その台数は優に20台を超える。現在も、ヨタハチの他にも複数のクルマを所有しているそうだ。自宅には何とセグウェイまであるという。オーナー氏は根っからの乗り物好きとみて間違いない。
「息子と2人でさまざまな旧車イベントに参加させてもらっています。」とのことだ。いわゆる「旧車」の面白さに目覚めたのはここ10年ほど。最新モデルならではの洗練されたクルマにも理解を示しつつ「やはり、旧車でしか味わえない奥深さを知ってしまうと、やめられないですよね。」とのことだ。日本車の旧車といえば、多くのオーナー氏が部品の調達に苦労しているが、オーナー氏もイベントなどで培った豊富なネットワークを駆使して何とかやりくりしているようだ。これもオーナー氏の人柄ゆえだろう。
「購入してから手を加えたところですか?助手席側のサブフレームが錆びていたので、まずそこを修復しました。あとは後期型になっていたグリル周りとターンランプを前期型に戻したくらい。大掛かりなレストアを施してビシッと仕上げることもできますが、あえて当時の雰囲気を残しつつ、ちょっと使い込まれた感じで乗っています。」そうなのだ。走行不能なほど傷んだクルマは例外としても、旧車だからと何が何でもレストアする必要はないのだ。少し、肩の力を抜いて楽しむゆとりがあってもいい。
オーナー氏曰く「これはあまり知られていないことなんですが、ボディが軽い分、燃費もいいんですよ。実はヨタハチってエコカーなんです。」聞けば、オーナー氏の個体で高速道路がリッター20km/L オーバー、街乗りでも16km/Lは走るというから驚きだ。旧車だからと、ガソリンを垂れ流しにして走っているわけではないのだ。何より動きが軽快で、40~50km/hで流していても運転が楽しいと語る。
「自分がデザインの仕事をしていたからでしょうか。当時、これほどコンパクトなボディに人間が2人乗せられて、こうして50年後の現代でも走らせられるんですよね。その事実に驚いています。」確かにその通りだ。電子制御で固められた現代のクルマたち。果たして50年後の日本を走っているクルマがどれほどあるだろうか。「ヨタハチもそうですが、当時のクルマたちって日本のモータリゼーションを支えた1台だと思うんです。例えばドイツのように、きちんとコンディションを保っている古いクルマに対して税制面で優遇する制度を持つ国もあります。古いクルマだからと無下にせず、当時の文化を伝承する生き証人として大切に残していきたいですし、国として真剣に考えて欲しいです。」
日本における旧車はあらゆる意味でまだまだ肩身が狭い。税制面でも新しいクルマより高い税率を課せられ、意識的に代替を勧めているようにも思える。しかし、思い入れがあって何十年も1台のクルマを所有しているオーナーもいるのだ。それは生活の必需品でもあり、家族の一員となっている場合も少なくない。
日本でも、少しずつではあるが、自動車文化を考える動きがあるようだ。実際に政治家が活動を始めているようだし、着実に前に進んでいることは間違いない。ヨタハチのオーナー氏も、自らが旧車の魅力を伝えることで、現在の制度に一石を投じることはできないかと考えているようだ。
「古いクルマだけど、このヨタハチは本当に手が掛かりません。マメにオイル交換をしているくらいです。まさにトヨタが掲げていた『Fun to Drive』の原点だと思うんです。」親子でヨタハチに乗ってさまざまな旧車イベントに参加し、移動する車中で会話することでさらに絆を深める。素敵なことではないか。オーナー氏親子にとって、このヨタハチも大切な大切な家族の一員なのだ。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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