「静かなるナイセスト・カ―」は、50年後も健在だ!1970年式 ホンダ NIII 360 S(IV-22型)

50年前のクルマというと、ほとんどの人がクラシックカー、いわゆる「旧車」だと思うはずだ。

この50年間で、自動車がとてつもない進化を遂げたことは間違いない。そしていま、内燃機関から電気へと、新たな動力源を持つクルマが一般化しつつある。これから50年後…、クルマはどうなっているのだろうか。もはや自動運転なんてあたりまえ?もしかしたら空を飛んでいるかもしれない。まるで、子どもの頃に見た絵本のように…。

今回、ご紹介するオーナーは、過去に2度も取材させていただいたことがある。いずれもホンダ車であり、ビートとシティだった。ご縁あって3度目のご登場となる。これまで何度もご協力いただいたオーナーには、この場を借りて改めて心よりお礼を申し上げたい。

ちなみに、今回の愛車もホンダ車だ。しかも、以前取材させていただいたビートやシティよりもさらに古いモデルである。なぜ、このクルマを手に入れたのか?そして、ビートやシティのその後は?そちらも併せて紐解いていきたいと思う。

「このクルマは1970年式 ホンダ NIII 360 S(IV-22型/以下、N360)です。手に入れてからまだ1年目で、これまでの走行距離は5千キロくらいです」

ホンダN360は、1967年にデビューした軽乗用車だ。前年の1966年に開催された、第41回東京モーターショーで配られたチラシに載っていたN360のキャッチコピーは『世界をめざす日本の国民車』だった。大人4人が楽に座れる空間を先に設計したうえで「低価格・高出力・高性能」を実現するなど、当時の常識をくつがえす発想を実現するあたりが、いかにもホンダ車らしいように思える。

オーナ−が所有するN360のボディサイズは全長×全幅×全高:2990x1290x1340mm。排気量354cc、空冷4サイクル直列2気筒SOHCエンジンをフロントに搭載し、最高出力は30馬力。最高速度100km/hの性能を誇っていた。車検証に記載されていた「車両重量550kg」は、いまや現代のライトウェイトスポーツカーでも実現不可能な数値であろう。

ちなみに、オーナーの個体は、フロントマスクの意匠を大幅に変更した「ホンダ NIII 360」としては最初のモデルにあたる。また、Nシリーズの課題であった静粛性を高めたのもこのNIIIであり、『ナイセストピープルのための静かなるナイセスト・カー!!』というキャッチコピーが掲げられた。なお、現在も販売中の軽自動車「N-ONE」は、このN360の思想を受け継いだ直系のクルマといえるだろう。

ところで、これまで取材させていただいたホンダ車は、いずれも1980年代〜90年代を代表するモデルだ。では、なぜN360に興味を持ったのだろうか?

「N360は、20年ほど前からいつかは乗ってみたいと思っていたクルマなんです。いま、私は41歳ですから、20代前半の頃から興味があったモデルなんですよね。もともとホンダ車、それも排気量の小さなエンジンをフルに回して乗るモデルが好きでした。私は“軽自動車の母がスバル360なら、ホンダ車の母がN360”だと思っています。N360の“N”とは、乗り物(Norimono)の頭文字なんです。可愛いですよね。ちなみに愛称の「Nっころ」は、急ハンドルを切ると転がることに由来しているそうですよ(笑)」

愛車に向ける眼差しはまるで少年のようにキラキラしている。このクルマのことを慮っていることが伝わってくる瞬間だ。取材を通じていつも思うのだが、この表情が見られるたびにこちらも幸せな気持ちになれるから不思議だ。

それにしても、この種のクルマは中古車検索サイトを駆使すれば見つかるようなたぐいのクルマではないように思う。オーナーの場合、どのような縁があったのだろうか?

「2019年10月に、知人から『N360を手放そうと思う』と連絡が入ったんです。自宅からそれほど離れていない場所だったので現車を見せてもらったところ、「シラーゴールドメタリック」という名のボディカラーをまとったゴールドのN360が停まっていました。その場で“買います!”と伝え、破格値で譲ってもらったんです」

しかし、このN360のボディカラーはブルーだが…?

「そうなんです。N360を購入したことをきっかけにクラシックホンダの集まるイベントに顔を出しました。そこには“HONDA N360 ENJOY CLUB”というオーナーズクラブの方々も参加されており、色々とN360について相談をしたところ『ウチのクルマと入れ替えませんか?』とクラブ員の方からお話をいただきました。それがいまの愛車です」

では、なぜ入れ替えを決意したのか?

「決め手はボディカラーでした。シラーゴールドメタリックのN360を譲っていただいたとき、私の好みであるベビーブルーに全塗装しようと考えていたのです。その矢先にいただいたオファーでした。このクルマはベビーブルーではないけれど、同じ青系統だし、この色も気に入ったので乗り替えることにしたんです。ちなみにこの色は“アドリアブルー”というんですよ」

奇しくも、短期間で2台のN360を乗り継ぐことになったわけだが、実際に手に入れてみてどうだったのだろうか?

「正直、360ccの排気量だと街乗りは厳しいのでは?と思っていました。しかし、それは杞憂でした。予想外にキビキビ走ります。当時のオートバイのエンジンをデチューンして載せているらしいですね。それに、燃費だって現代のクルマと比較しても遜色ないほどです。渋滞に巻き込まれず、一定速度で巡航できればリッター20km/L走りますから。エアコンはありませんが、フロントの三角窓とリアクォーターガラスを開けて走ると風が抜けて気持ちがいいんです!」

50年前の日本には「猛暑日」なんて気候自体が存在しなかったはずだし、そもそもクーラーそのものがぜいたくだった時代だ。それゆえ、ちょっとした工夫で快適さを保っていたのだろう。スイッチひとつで寒いくらいに効くエアコンになれてしまった身には、かえって新鮮にすら映る。

そういえば、気になることがある。かつて取材させていただいたビートやシティのその後についてだが…。

「ビートは現在も所有していますが、シティは手放しました。実は、2台同時に手放すつもりでクルマ屋さんに持って行ったのです。シティは充分に楽しんだという実感があったのでお別れできましたが、ビートは思うところがあり、そのまま乗って帰ってきてしまいました。ビートは手に入れてから15年経ちますが、いまだに飽きることがないんです。N360とビートを交互に乗り比べると、クルマの進化や時代ごとの考え方の違いなどを実感できますね。

例えば、N360のワイパーってネジ1本で固定されているだけなんです。ある日、ワイパーが動かないと思ったらネジが緩んでいるだけでした。これは故障ではなく、モーターに負荷が掛からないようにワイパーが緩むようになっている構造になっているんだそうです。先輩サブロク(N360)乗りの方曰く『ワイパー用ネジの増し締めは運行前点検項目』なんだとか(笑)」

ネオクラシックカーの領域に入りつつあるビートと、いわゆるクラシックカーといえるN360。2台のホンダ車を通じて味わえるフィーリングを、オーナーは心ゆくまで楽しんでいるようだ。最後に、現在の愛車と今後どのように接していきたいか伺ってみた。

「私は所有するクルマは基本的にオリジナル志向です。私がモディファイしたのはナルディ製のステアリングくらい。実は、手に入れたあと他のNコロ乗りの方に指摘されて知ったのですが、この個体のエンジンはNIIのものらしいです。ミッションも、ドグミッションのノンシンクロ仕様なんです。本来であればシンクロが入った一般的なフルシンクロ式に変更されている年代らしいのですが、このクルマはダブルクラッチの操作が必須です。そんな点も含めてこの状態を維持したいですね。

古いクルマなので本当は自分でも面倒をみてあげたいのですが、これまでさんざんいじった末にたどり着いた結論は“メンテナンスはプロに任せて自分は維持できるよう仕事を頑張る”でした。これからも、肩肘を張らずに、いい意味で適度な距離感を保ってN360を楽しみたいと思います」

1台のクルマが50年後の日本に現存するだけでなく、真夏でもきちんと走る。歴代のオーナーが愛情を注いできたことはもちろんのこと、廃車になるような致命的な事故がなかったことも幸運だったといえるかもしれない。

ときどき、廃車置き場などで雨ざらしになっているクルマを見かけることがある。そんなクルマにも、ピカピカの新車だった瞬間が必ず存在する。クルマは機械である以上、意思はない(はずだ)。しかし、自ら望んで鉄くずとなる日まで雨ざらしになりたいクルマなどありはしないだろう。

この50年で、クルマは飛躍的に進歩した。その一方で「クルマに対するありがたみ」が確実に薄れてしまったように思う。これは、良くも悪くもクルマが乗り手に忠実になりすぎた弊害かもしれない。

今回の取材を通じて、1台のクルマと向き合う大切さを改めて思い知らされた。このクルマのキャッチコピーである「静かなるナイセスト・カ―」は、50年後の現代も健在だ。

そして、今回のN360のように、50年前のクルマが現存するのは奇跡でもなんでもなく、この先もごくあたりまえのことであって欲しい…。

無事に取材を終え、軽やかに走り去るN360を見送りながら、ふとそんな思いが頭をよぎったのだ。

(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

[ガズー編集部]

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