音楽はビートルズ、そしてクルマは左ハンドルの620型ダットラ。プロトランペット奏者が惚れ込んだ貨物自動車の魅力
「620は、昔オヤジが仕事で乗ってたんですよ。それを見てカッコ良いなと思いましたね。オヤジが日曜日に出勤するときは一緒について行って、会社で作業してる間、駐車場に停めた620の運転席に座ったりボンネットを開けたりしてずっと遊んでいたんです。小学校3〜4年生くらいの時の思い出ですね」
ホーンセクションを大きくフィーチャーした編成ながら、ロック、パンク、ブルースの要素も採り入れたミクスチャーバンド『勝手にしやがれ』。そこでトランペットを務める田中カズさんが、このダットサントラック(620型)のオーナーだ。
世間一般的な“ミュージシャンの愛車”としては意外すぎるチョイスだが、『勝手にしやがれ』のオフィシャルHPを覗くと、カズさんのプロフィールには堂々と“Favorite:貨物自動車”と書かれている。
音楽ファンにとっては「?」となるワードだが、カズさんは物心が付いたときから音楽だけでなく、貨物自動車にも夢中なのだ。
ダットサン・トラックは戦前に誕生し、2002年に生産を終了するまで10代に及ぶ長きに渡りニッポンの仕事現場を支えたクルマだが、なかでも7代目の620型は商用車とは思えないスタイリッシュなデザインだった。
そしてこの620に加えて、小学生だったカズ少年がこの時代に大きなインパクトを受けたもうひとつのポイントが“左ハンドルの日本車”だ。
「子供の頃、保土ヶ谷の実家の近くにモータープールがあって、そこに左ハンドルのダットサン210が放置されてたんですよ。それを見たときに“なんだコレは!”と衝撃を受けたんです(笑)」
その話を父親に伝えところ「大黒や本牧の埠頭に行けば、そういうクルマがいっぱいあるぞ」と聞き、カズ少年は片道10km以上もある埠頭へと自転車で通い始める。
フェンスの向こうにズラリと並んだ、日本で走っているのとはちょっと違うライトやバンパーを付けた輸出仕様車の姿は、カズさんの自動車観に大きな影響を与えた。
そして横浜の埠頭では、大好きな620の輸出仕様の姿も見つけることもできた。
620は“DATSUN 620 TRUCKS”の名前でアメリカに輸出され、彼の地でも成功したクルマだ。アメリカではピックアップトラックを仕事だけではなく、ホビー/レジャー用途に使う文化があり、スタイリッシュかつ手ごろなサイズの620は多くのアメリカ人にウケた。
そして、横浜の埠頭からアメリカ西海岸に運ばれる左ハンドルの日本車を見ているうちに、カズさんにはアメリカ文化への興味も芽生え始めたという。
「子供の頃は、雑誌に輸出仕様車の情報なんか載っていませんからね。『刑事コジャック』とかそういうアメリカのドラマを観て、街のシーンで路肩に止めてある普通のクルマがチラッと映るのを楽しみにしてました(笑)。それでそのうちに、アメリカにいる普通のクルマというか、“日常のクルマ”が好きになっていったんです」
スーパーカーブームの真っ只中だった当時の日本で、アメリカの街に佇む“日常のクルマ”に注目する小学生というのもスゴイ話だ。
そして、今でこそ日本車の北米仕様車は“USDM(United States Domestic Market=北米仕様車の略)”というクルマ趣味のジャンルのひとつとして確立しているが、1970年代当時、輸出仕様車を趣味の対象とするのは、あまりにも早すぎる着眼点だったと言えるだろう。
その後免許を取り、ガソリンスタンドの先輩が使っていた620を「菓子折ひとつ」で譲ってもらったところからカーライフがスタート。
その後も521型ダットサン・トラックを2台乗り継ぎ、それらをアメリカ発のピックアップトラックカスタム文化“トラッキン”の流儀でイジっていたことから、カズさんはこの世界でも知られる人となる。
ちなみに現在の愛車である620は、この時に懇意となったカスタムショップ『デュースファクトリー』が、カナダにあったものを輸入した1台だ。
購入したのは'97年、奇しくも“勝手にしやがれ”を結成したのと同じ年だ。
当時、わざわざ北米仕様の620を日本に輸入するなら、日本仕様に設定がない2リッターエンジンと5速MT搭載車を選ぶのが定番だったが、カズさんは「3年待ったけど良い出物がなかった」ことから、1.8Lの3速AT搭載車を購入した。
とはいえ北米仕様の620のエンジンはブルーバードなどに積まれているのと同じL型なので(日本仕様はJ型)、510型ブルーバードのスペシャルショップ『リフレッシュ60』に持ち込んでインマニとキャブを交換し、ツインキャブ仕様にチューンアップ。
車高も下げて、ホイールはディッシュタイプをセットした。
マフラーはリアメンバー上を通るレイアウトで新規で作成しつつもテールエンドを純正と同じ位置にセットするなど、これ見よがしではなく、一見ノーマル風の仕上がりなのが“日常のクルマ好き”ならではのワザと言えるだろう。
室内にセットされた5パネルのバックミラーは、カズさんが1990年にLAで買った当時物。“WINK”という会社が作っていたので、日本では「ウィンクミラー」の名前でもお馴染みのアイテムだ。
1990年代に日本でも流行したが、これを右ハンドル車に付けると上下を反転する必要があるので“WINK”の文字が逆になってしまう。カズさんの620は左ハンドルなので、“WINK”が正位置なのがポイントだ。
この620は「友達から譲ってもらった」という、車体色とは違う真っ赤なテールゲートが外観上のアイコンでもあるのだが、ボディ各部のパテ補修跡も含めて「あえて綺麗にしない」スタイルも、カズさんが拘る“日常感”の現れだ。
ピカピカツヤツヤのペイントを纏っているのと、適度に道具として使い込んだヤレ感が出ているのと、どちらの姿に日常のクルマの姿を感じるのか、答えは言わずもがなだろう。
テールゲートの下に見える分割バンパーもこのクルマの大事なポイントだ。カズさんがその昔埠頭でクルマを眺めているときに、日本では見たことのないバンパーを付けている620がいた。
「アメリカの620はあんなに大きなバンパーをつけているのか」と感動したのだが、いざ自分が北米仕様の620を輸入してみると、そのバンパーは付いていなかった。
「なんでなんだろう、と詳しい人に聞いてみたら“それは欧州仕様ですよ”と教えてくれました。埠頭にあるクルマは全部アメリカに行くと思ってたんですね、当時は(笑)」
カズさんはあの日埠頭で見たクルマを再現するべく、欧州仕様の分割バンパーを手に入れて愛車に装着。この”北米仕様車に欧州仕様パーツ”という組み合わせもカズさんらしさの象徴となった。
「音楽もそうなんだけど、アメリカなのにイギリス寄り、とか、そのどっちもが混ざってる感じが好きなんですよ」
音楽の原体験はビートルズ。クルマの原体験は埠頭で見た北米仕様車と、アメリカドラマで観た“日常のクルマ”。この620には、小学生の時から変わらない、カズさんの好きなものが凝縮しているのだ。
ちなみにカズさんのもう一つの愛機、トランペットもヴィンテージだ。イリノイにあるCONN(コーン)社製トランペットはなんと1937年製。
「昔の楽器は鳴らすのがめんどくさいんですけどね。今の楽器は誰でも音が簡単に鳴るようにできているけど、それって誰にとっても便利で快適な現行車と同じで、僕にとっては面白くないんですよ」
めんどくさくても、旧くて良い物を自分でメンテナンスしながら使い続ける。カズさんはミュージシャンとしても、カーガイとしてもこのポリシーを貫いている。
この愛車のエンジン音を動画でチェック!
(文:鈴木貴義 / 撮影: 平野 陽)
[ガズー編集部]
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