昭和に生まれ、令和に甦る。1972年式スバル R-2 スーパーデラックス(K12型)
この取材を続けていると「クルマがオーナーを選んでいる」としか思えないようなエピソードが本当に多いことに驚かされる。無機質なモノに「魂が宿る」という表現はオカルティックかもしれないが、古来、日本では人形や縫針などを供養する風習がある。そうした風習は、モノが持つパワーに裏付けられたものなのかもしれない。だからこそ、人に愛されているクルマたちにも、そんなパワーがある気がしてならないのだ。
今回も、愛車と運命的に出逢ったオーナーのストーリーを紹介したい。主人公は49歳の男性オーナーだ。実は、以前に登場したスバル・R-2 GL改(空冷から水冷に構造変更)、スバル・レックス GSRのオーナーと同一人物だ。整備士の資格を所持し、メンテナンスのほとんどを自身で行っている。
オーナーは、豊かな愛車遍歴を持つ。これまでにマツダ・ファミリアXG、マツダ・カペラカーゴ、フォード・トーラスワゴンを所有。サーキット用としてトヨタ・スプリンターセダン(AE92型)、ダイハツ・ミラターボ(L70系)を所有。トランスポーターとしてダイハツ・ハイゼットなど数多くのクルマを乗り継いできた。現在は、2台のスバル・R-2とレックス 、マツダ・シャンテ、三菱・ミニキャブ、ホンダ・フィットなどを所有している。
今回、スポットを当てる愛車は、空冷モデルの最終型であるスバル・R-2 スーパーデラックス(K12型、以下R-2)だ。約1ヶ月前にナンバープレートを取得して走りはじめたばかりだという。まずは、この時代のスバル車を3台も所有するほど「オールドスバル」にほれ込んだオーナーの原体験を伺ってみた。
「幼い頃から乗り物全般が好きでしたが、クルマに興味を持ったのは小学生からです。車種を覚えていくなかでスバル・360の存在を知り、その可愛らしさから大好きになりました。後で知ったんですが、私の両親が初めて所有したクルマがスバル・360だったんです。母によると、父が大雪のなかを運転して、生まれたばかりの私を産婦人科まで迎えに行ったそうです。スバルが好きになった理由は、そうした物心がつく前の記憶も影響しているかもしれないですね」
そんなオーナーが所有するスバル・R-2 スーパーデラックスは“国民車”スバル・360の後継モデルとして、1969年から1972年までのわずか3年間のみ生産された。ボディサイズは全長×全幅×全高:2995×1295×1345mm。搭載される356ccの強制空冷2サイクル直列2気筒エンジンは、最高出力30馬力を発生し(その後、マイナーチェンジ時に32馬力に。スポーツモデルの最高出力は36馬力だった)、1971年には水冷モデルも追加されている。
余談だが、この「R-2」とは別に「R2」という、2003年に発売されたモデルも存在している。
冒頭でもナンバープレートを取得した時期についてふれたが、オーナーのR-2は長年「不動」となっていた。入手したのは10年前だが、再び走り始めたのは約1ヶ月前。現在のオドメーターは2万800kmで、乗り始めてからは約300キロ。この個体がまだ2万キロ台であることが驚きだ。
「本当は、もう2ヶ月早く乗り始める予定だったんですが、意外と登録に時間がかかってしまいました。書類づくりや確認のやりとりだけで結局1ヶ月近くかかってしまったんです」
続いて、この愛車との馴れ初めをうかがった。
「このR-2は、通勤路沿いに建っていた廃工場のなかに、長年置いてあった個体でした。建物がボロボロになって外から丸見えだったので、工場の前を通過しながらいつも気になっていたんです。いつしか外に出されて、雨ざらしになっていましたね…。かわいそうだと思いながらも、敷地内に人を見掛けることがなく、ただ時間が過ぎていったんです。そんなある日、友人から連絡がありました。あのR-2の引き取り手を探していたらしいんです。なんと、廃工場の持ち主の息子さんが、友人の友人だったんですよ。友人は、私がスバル好きなのをよく知っているので声を掛けたそうです。持ち主はすでに亡くなっていたので、R-2がどのような事情で置かれていたのかは、知ることができませんでした」
まるで、オーナーの思いがR-2に伝わったかのような縁を感じる。ともすれば、あのまま廃車になってしまう運命もあっただろう。やはり「クルマがオーナーを選んだ」のかもしれない。手に入れたときの心境は?
「程度の良さに驚きましたね。凹みは多少あっても錆が本当に少なく、しかもエンジンは2万キロしか走っていない極上車です。ボディの塗装も、現在までオールペイントされることなく、オリジナルの状態を維持しています。当時は、程度の良い部品取り車としても考えました。今後、高値がつくことも想定していましたし、いずれは手に入らなくなるでしょう。だから不動でもいいので持っておこうと思い、約9年間は保管し続けたんです。手に入れてちょうど10年目で“起こし”にかかりました」
週末のほとんどはガレージにこもって作業をしていたというオーナー。長年屋外に置かれていた個体は、どんなリフレッシュを施されたのだろうか。
「燃料系と点火系のリフレッシュでエンジンが始動したので、分解作業は行っていません。それに加え、ディストリビューターの清掃と調整も行いました。部品交換は、点火装置を太めのレッドコードに変え、CDIだけ入れて強化しています。フューエルパイプは新品で引き直しましたし、燃料タンクはストックしていた中古品と交換しています。スバル車は、ホイールシリンダーやマスターシリンダーがアルミなので傷つきやすく、作業には気を遣いました」
部品調達の苦労はなかったのだろうか?
「部品はストックとして普段から集めていたので、大丈夫だろうと思い込んでいたんですが、いざ使おうとすると形が違って使えないことが多かったですね。例えば、ブレーキパイプの配管位置が、年式によって変わっているんです。R-2は空冷モデルと水冷モデルがありますから、おそらく水冷に流用するため、前にラジエーターが装着できるようになっているのでしょう。そのための配管かもしれないですよね」
逆に、うまくいった作業は?
「以前、部品取り車を購入したときの燃料タンクがストックとしてあったことですね。どこもボロボロで使い物にならなかったんですが、なぜか燃料タンクだけはキレイで、いつか使えるだろうと、それだけ取り置いたんです。おかげで、部品待ちをして時間ロスをすることがなかったです。この燃料タンクをストックしていたので、9ヶ月で仕上がったと思います。本当ならもっと時間が掛かっていますよ」
このときのために燃料タンクを準備していたとしか思えないような偶然だ。続いて、外装と内装のモディファイを伺ってみた。
「ボディはもともと程度が良かったので、当時のままです。最初のイメージはキャルルック風だったのですが、ある程度車高を落とすとフロントが高く見えてしまったので、フロントスポイラーをワンオフで製作してラインを整えました。結局、キャルルックではなくなってしまいましたが、好みな感じに決まりました」
内装は、ボディカラーに合わせたカーペットにブラックのシートで見事にコーディネートされている。
「外装よりも内装をキレイにしたかったので、カーペットは型紙から起こしました。実はフロアのカーペットはホームセンターで購入したもので、内張りのモケットはトラック用のものなんです。ステアリングはグラント製です。使い心地のいいステアリングなので、他のクルマもグラント製に換えていますね。シフトノブはストリート・カンパニー製。内張りは、欲を言うと無地のモケット生地にしたかったのですが、手に入らなかったので柄物にしました。遠目から見ると、ボタン締めしたモケットに見えないかな……。オリジナルの雰囲気を生かしながらも、古いままだとくたびれて見えてしまうので、ポイントを押さえてリフレッシュしています」
モディファイでこだわったポイントは?
「この個体は空冷ですが、最終型の水冷モデル用フロントグリルを装着しました。塗装はオリジナルと異なる色に塗り直しています。純正のメッキバンパーを、ボディと同色に塗り直すことでグリルを強調させ、今っぽいカスタムを目指しました。手を入れつつも、純正部品を使ってオリジナルの雰囲気を大切にしています」
最後に、この愛車と今後どのように接していきたいか伺ってみた。
「基本的には、このR-2とR-2GL改、レックスを手放すことはないですね。もし、どれかが手に負えないほどボロボロになってきたら、最終的にはドナーになるでしょう。今後どうなるかはわからないですが、例え他人に欲しいと言われても譲れないです。特にこのR-2は、理想のスタイルに仕上がったのでとても気に入っていますね。可能なら一生乗り続けたいです」
乗られなくなったクルマは、劣化の一途をたどる。しかし、昭和に生まれながら平成は眠り続け、R-2に精通したオーナーと運命的に出逢い、令和という時代を走り始めたこのR-2には、確かに魂が宿っていると思えてしかたがない。前のオーナー亡き今、この個体のヒストリーを知ることはできないが、新しいオーナーのもとで輝き続け、同じ時代を駆け抜けていくのだろう。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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