ベテランポルシェ乗りを魅了する、1989年式ポルシェ911ターボ(930型)
これまで高速道路やサーキットなどで、圧倒的な加速とともに走り去るポルシェ911の姿を見せつけられた人も多いのではないだろうか。この体験がきっかけとなって911を購入した人もいれば、いつかこのクルマの前を走ってやると決意して、自らの愛車にさらなるモディファイを加えた人もいるだろう。
休日、早朝のパーキングエリアに、美しく磨き上げられたソリッドブラックのポルシェ911ターボ(930型)が佇んでいた。周囲には国内外のさまざまなクルマたちが停まっていたが、その中でもポルシェ911ターボは一際目を引く存在なのだろう。このクルマの周りには人だかりができていた。
ギャラリーからの問いに対して、丁寧に応じていたオーナーに話し掛けてみることにした。
「実はこの911ターボ、昨日納車されたばかりなんです」と語ってくれた。一見するとフルオリジナルのようだが、まだこんな個体が日本に残っていたことに驚かされる。
空冷エンジンを搭載した歴代のポルシェ911の価格高騰が叫ばれて久しい。最近は少しずつ沈静化しつつあるが、ここ数年でかなりの数の個体が日本を後にしていることは周知の事実だ。これはポルシェ911に限った話ではないが、素性の知れたコンディションの良い個体ほど海外に持ち出されているという現実がある。輸入車にとっては里帰りを果たすことになるのかもしれないが、日産・スカイラインGT-Rなどの国産スポーツカーも、日々、海外へ流出している。数年前まで、あれほど街中で見掛けたクルマたちが希少車へとなりゆく時代がすぐそこまで来ているのかもしれない。
話を戻そう。現在50代半ばに差し掛かったオーナーは、すでに20年を優に超えるキャリアを持つポルシェ乗りだ。オーナーがポルシェ911を購入しようと決意したのは小学校4年生のときまで遡る。当時、創刊されたばかりのベストカーガイド誌を購入。故徳大寺有恒氏が、毎号のように紙面でポルシェ特集を組んでおり、いつしか憧れを抱くようになっていった。
運転免許を取得後、すぐにポルシェ911が買えるはずもなく、初代トヨタ・セリカやセリカXX、マツダ RX-7など、国産スポーツカーを乗り継いだ。こうして念願のポルシェ911オーナーとなったのは31歳のとき。初のポルシェは1984年式の911カレラ(930型)だった。この個体は20年近く所有していたそうだ。
オーナーも気に入っていたという1984年式の911カレラだが、エンジンオーバーホール後にボディの痛みが進んでいることが判明した。悩んだ末、1989年式ポルシェ911カレラ4(964型)に乗り替えることにした。しかし、930型の感触が忘れられず、1986年式ポルシェ911カレラ(930型)を増車してしまう。傍目にはわずか2年の違いにしか思えないのだが、1984年式と86年式ではまったくフィーリングが異なるそうだ。クルマはよりどっしりとした動きとなり、軽快感が薄れていたそうだ。
こうなると過去に遡るしかない。より軽快かつシャープなフィーリングを求めて、オーナーは禁断の領域ともいえる最初期のポルシェ911、通称「ナローポルシェ」と呼ばれる1973年式911Sを手に入れることになる。こうして、いつの間にか小学校時代から憧れていたポルシェ911が3台も手元にあるほど、重度のポルシェ乗りになっていたのだ。
しかし、時の流れは残酷だ。古いクルマほど経年劣化には逆らえない。1989年式ポルシェ911カレラ4(964型)は、いつしか重整備が必要な時期に差し掛かっていたのだ。膨大な費用を掛けて修理するか、それとも乗り替えるか悩んでいたときに、メンテナンスをお願いしているポルシェの専門店から今回の1989年式911ターボを勧められたというわけだ。
オーナーは意を決して、1989年式ポルシェ911カレラ4と86年式ポルシェ911カレラを手放し、この89年式ポルシェ911ターボを手に入れた。1975年に発売されて以来、この年式が最終モデルにあたる。930型のポルシェ911ターボとしては唯一、5速MT仕様であるため、非常に人気が高い(1988年までは4速MTだった)。
前日に納車されたばかりだという89年式ポルシェ911ターボだが、NAエンジンを搭載する911とはフィーリングは異なるのだろうか。「実は、初めて手に入れたターボモデルなんです。加速は強烈ですが、GTカーのようにどっしりしています。自分の運転とターボが効くタイミングの感覚がまだまだシンクロしていないので、これから少しずつ呼吸を合わせていきたいですね」と和やかに語ってくれた。
奇しくも、日本では「ナローポルシェ」と呼ばれる901型の最終モデルにあたる73年式ポルシェ911Sと、930型の最終モデルとなる89年式ポルシェ911ターボを所有することになったオーナーだが、今後は気分や走るステージによって乗り分けていくことになるのだろうか。「実は近々、富士スピードウェイでサーキット走行会があるんです。そのときは手に入れたばかりのこのターボで参加してみようと思っています」と語ってくれた。オーナーは、2015年から袖ヶ浦フォレストレースウェイで開催されている「クラシックポルシェスポーツデイ」にも参戦しており、ノーマルカー部門で優勝するほどの腕前を持っているポルシェ乗りなのだ。
「所有するポルシェ911はすべてオリジナルコンディションを維持しています。工場をラインオフしたオリジナルに限りなく近い状態のまま、ドライバーの腕でどこまで速く走らせることができるかが私のテーマなんです。この個体も社外品のHIDヘッドライトなどが取り付けられていましたが、納車するときにすべてノーマルに戻してもらいました」とのことだ。
オーナーが手に入れたポルシェ911ターボの隣には、最新モデルのポルシェ911カレラ(991型)が並んでいた。右ハンドル、PDKという名の2ペダルMTを備えた「イマドキの」ポルシェ911だ。誤解を恐れずに言えば、今やメルセデス・ベンツを運転するのとさほど変わらない感覚で走らせることができる。つまり、ペーパードライバーがいきなり運転しても(もちろん緊張は強いられるだろうが)、スムーズに動いてくれる。その恩恵だろうか。近年、右ハンドルのポルシェ911や弟分のボクスター、ケイマンが増えたように感じるのは気のせいではない。つまり、それだけ幅広いユーザーにポルシェというスポーツカーが支持される時代になったということなのだろう。
しかし、オーナーが所有する年代のポルシェ911をそれらしく走らせるには相応の技量が求められる。もちろんステアリングの位置は左だ。さらにオルガン式のペダル、それに伴うクラッチミートの感覚、吹き上がりの良さと回転落ちの早いエンジン。ビギナーにとっては、市街地を走るだけでもかなりの緊張を強いられるに違いない。速度を上げて走るならなおさらのことだ。現代では当たり前のように装備されているABSやトラクションコントロールシステムの類いはもちろんのこと、パワーステアリングも装備されていない。そして、真剣に走らせなければクルマが拒絶反応を起こす。「もっとスムーズに、もっと丁寧に走らせろ」と。
ドライビングポジションやクルマの動き、操作感など、あらゆる点においてクセが強いクルマであることは確かだ。しかし走らせていると、クルマと一体になったかのような手応えを得られる瞬間がある。この感覚に魅了されて、スムーズかつ丁寧に、猛烈に速く走らせるために運転の技量を磨く。そんなドライバーたちは「ポルシェ乗り」として一目を置かれる存在だった。
オーナーが所有する1989年式ポルシェ911ターボと73年式ポルシェ911Sも、手練れである「ポルシェ乗り」が操れば、現代のクルマと遜色ない速さを見せつける。そして多くのドライバーたちは、かつて自身が体験したときと同じように、猛然と走り去る911の後ろ姿を、ただただ見送るしかない。それこそがポルシェ乗りの真骨頂であり、生産から四半世紀を過ぎたクルマが現役のマシンでいられる所以でもあるのだ。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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