アートフォースの極み。1人のオーナーの元で暮らす、日産・シルビア コンバーチブル(S13型改)
1988年、1台の美しいスペシャリティクーペがこの世に誕生した。日産・シルビア(S13型)だ。端正なデザイン、シンプルかつ洗練された内装。当時の若者にとって、クルマは女性とのデートにおける重要な役割を担うアイテムだっただけに、シルビアの存在が一際眩しく映ったものだ。
丹精を込めてボディをワックスで磨き上げ、一張羅の服でオシャレをして、自慢の愛車で気になる女性をエスコートしてデートに出掛ける。自分の懐具合が許す限り、多くの若者が背伸びをし、目いっぱい青春を謳歌していたように思う。
当時の若者のデートカーといえば、ホンダ・プレリュードが人気だった。そこへ日産がこのシルビアを市場に投入することで、「打倒・プレリュード」を目論んでいたことは確かだ。事実、発売直後から爆発的な人気を博し、発売の翌年にあたる1989年には、ライバルと位置付けていたプレリュードの2倍近い販売台数を記録するほどであった。
こうして歴代のシルビアの中でも最大のヒット作となった日産・シルビア(S13型)だが、生産数が極めて少ないモデルが存在していたことをご存知だろうか?今回は、そんな極めてレアなシルビアを新車当時から所有しているというオーナーをご紹介したい。
「このクルマは1989年式日産・シルビア コンバーチブル(S13型改/以下、シルビア コンバーチブル)です。新車で購入して以来、ずっと所有しています。私は現在53歳なので、気がつけば30年近く所有していることになるのですね。走行距離は6万キロを超えたあたり。このクルマを保管している場所と、私の現在の住まいが離れていることもあり、最近はあまり距離が延びていません」。
シルビア コンバーチブルのボディサイズは全長×全幅×全高:4470x1690x1290mm。「CA18DET型」という形式の直列4気筒インタークーラー付きDOHCターボエンジンで、排気量は1809cc、最大出力は175馬力であった。シルビアのクーペモデルは、このターボエンジンを搭載した「K’s」を筆頭に、ノンターボ(NA)エンジンの「Q’s」および「J’s」の3グレード構成となっていた。「K’s」はFR(後輪駆動)+ターボ車という組み合わせが走りを楽しむ若者に、そしてノンターボ(NA)エンジンの「Q’s」は当時のデートカーとして、「J’s」はワンメークレースのベース車輌としても使用され、それぞれ人気を博した。
シルビア コンバーチブルは、クーペモデルの「K’s」をベースに、オーテックジャパンにより、電動オープンモデルとして設計・販売された。そのため、改造申請に基づく持ち込み登録扱いとなり、型式は「ニッサン・E・S13(改)」となっている。トランスミッションは、クーペモデルに設定されていた5速MT車は用意されず、4速ATのみ。ボディカラーは、ベルベットブルーおよびS13型シルビアのイメージカラーとして印象が強いライムグリーンツートンの2色。しかも、ライムグリーンツートンは特別塗装色(オプションカラー)だ。
クーペモデルの「K’s」と比較して1.5倍以上となる車両本体価格と、オープンカーというクルマの性格上、実用性に劣る点からも生産台数が限られた。その結果、生まれながらにして希少車としての運命を背負うことになった。もはや文化財の域に達したといってよいこのシルビア コンバーチブルを手に入れたきっかけをオーナーに伺ってみた。
「実はこのクルマ、私の家族が当時購入したんです。それまでは日産・スカイライン(R30型)に乗っていまして、乗り替えの時期が来たときにこのシルビア コンバーチブルが目に留まり、購入に至ったという経緯があります。私自身も、知人が所有していたホンダ・シティ カブリオレに乗せてもらって以来、オープンカーに興味がありましたから、正直嬉しかったですね」。
ご家族がシルビア コンバーチブルを選ぶという環境も羨ましい限りだが、約30年、現在に至るまで所有しているのは誰の意思なのだろうか?
「もちろん私です(笑)。家族たちからは『早く売って!』とか『邪魔!』・・・等々、散々な言われようです。私の妻(当時の彼女)にも、手に入れたときから『こんな色(ライムグリーンツートン)のクルマを選ぶ心境が理解できない』と言われていましたし・・・。シルビア コンバーチブルといえば、世間では珍しいクルマと認識されているようですが、実家にいる家族にとってはずっと手元にある存在なので、その意味がさっぱり理解できないようです。ただ現実問題として、手放したら2度と手に入れることは不可能に近いはずだと私自身よく分かっています。お陰様で保管場所も確保できているので、何とか今日まで維持することができています」。
30年近い年月が経過したシルビア コンバーチブルだが、コンディションも極めて良好に映る。それだけオーナーが心血を注いできたのだろうか。
「意外に思われるかもしれませんが、実は、あまり洗車をしていないのです。屋根付きの車庫に保管できていることも大きいと思いますが、埃がボディに掛からないよう、毛布を被せているくらいです。購入時にステアリングをナルディ製に交換したくらいで、あとはほぼオリジナルです。シルビア コンバーチブルは、このボディカラー以外にオプションの設定すらなかったので、純正のリアスポイラーを納車後に取り付けました。また、オリジナルはスチールホイールだったので、純正のアルミホイールを友人に譲ってもらって取り付けています。いずれも純正品だけに、自然に馴染んでいると思います」。
当時は、日本中の街中を走っていたS13型のシルビア。生産終了してから年月が経ったが、純正部品の供給はどうなのだろうか?そして、トラブルが心配される時期でもある。
「さすがに欠品が増えてきた印象ですが、エンジン関連の部品はまだ何とかなりそうです。これまでのトラブルといえば、窓ガラスが開閉できなくなる『窓落ち』と、ホースの破裂に伴うオーバーヒート、あとはエアコンでしょうか。古いクルマですが、ディーラーの方が頑張って修理してくれています」。
オーナーに頼んで、幌を開閉してもらった。オープン時とクローズ時では、クルマの印象がまったく異なる。その美しさに見とれるばかりだ。
「運転席側のシートベルトの付け根の部分に開閉スイッチがあります。“COVER”は、ハードカバーロックの解除スイッチ、その隣が幌の開閉スイッチです。運転席にメインスイッチがあり、ここをOFFにしておけば誤って幌を開閉することもありません。手の込んだ造りですよね」。
最後に、このシルビア コンバーチブルと今後どのように接していきたいか伺ってみた。
「オープンカーであること、そして何よりこのスタイリングが気に入っています。なかなか家族からは理解が得られませんが、何とか容認してもらい、このコンディションを維持したいと思います。かといって力みすぎず、自然体で壊れるまで乗り続けたいというのが本音です」。
あれほど街中に溢れていたS13型シルビア、いつの間にか、その姿をあまり見掛けなくなったように思う。この個体の仲間たちはどこへ行ってしまったのだろうか。いつの間にか自然に淘汰され、やがてその姿を見掛けなくなる。どのようなクルマでも「そこに存在するのが当たり前」ではないのだ。気付いたときには手遅れということだってありうる。
電気自動車をはじめとする近未来のクルマに惹かれる前に、日本の自動車文化の一時代を築いてきたものたちに敬意を払い、後世に残していかなければと、この美しいコンバーチブルを眺めていると思いを新たにするのだ。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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