異なるカスタマイズをしながらもリスペクトし合う2台のインテグラ タイプR
1990年に登場したホンダ・NSXをよりスパルタンに仕立て上げたモデルとして、NSXタイプRが誕生したのは1992年のことだ。快適装備を大幅にそぎ落としたNSXタイプRの車重は、ノーマルモデルに対して120kgも軽量化された。それはまさに開発陣の執念が生み出したものだった。「チャンピオンシップホワイト」という名のボディカラーは、1964年にホンダが初めてF1に参戦したときのマシンと同色である。そして「赤バッチ」のホンダエンブレムも誇らしげだ。そう、これこそが当時のホンダファンの夢と理想を具現化したモデルだったのだ。同時に、NSXタイプRの登場により「タイプR」の歴史が幕を開けたのである。
しかし、NSXタイプRがデビューしたときの車両本体価格は970.7万円。若者がおいそれと手を出せる価格ではなかった。当時の若者は(また多くの大人たちも)、NSXタイプRを羨望の眼差しで「見つめるしかなかった」のだ。そして、現代におけるNSXタイプRの価値はさらに高まり、もはや手の届く存在ではなくなってしまった。
そのNSXタイプRの意思を受け継ぎつつ、より低価格で楽しめるモデルが1995年に誕生した。それがホンダ・インテグラ タイプRだ。搭載される専用のVTECエンジンは、1.8Lながら200ps/8,000rpmをたたき出し、リッターあたり111psを発揮する高回転ユニットだ。トランスミッションは5MTのみ。「チャンピオンシップホワイト」という名のボディカラーや「赤バッチ」のHマーク、イエローにペイントされたメーターの針、チタン製シフトノブ、真紅のレカロ製バケットシート等々…。インテグラ タイプR には、NSXタイプRを連想させるエッセンスがあらゆる箇所に散りばめられた。
そして驚くことに、究極のFFスポーツモデルともいえるインテグラ タイプRは、車両本体価格200万円台前半で購入できたのだ!当時のホンダファン、さらには多くのクルマ好きが熱狂したのはいうまでもない。また3ドア車だけでなく4ドア車が設定されたことも、ホンダの良心といえるだろう。
そんなクルマ好きの心を鷲掴みにしたインテグラ タイプR。初代モデルが生産終了を迎えてからすでに15年の歳月が流れた。しかし、今なお熱狂的なタイプR信者が存在する。そこで今回は、自分なりのスタイルで、このクルマを愛してやまない2人のオーナーを紹介したい。
インテグラ タイプR 3ドア(DC2型)
このクルマのオーナー氏の年齢は40代前半。つまり、リアルタイムでNSXタイプRとインテグラ タイプRを見つめてきた世代だ。それだけに、愛車への思い入れはひときわ強いものがある。
実はこのインテグラ タイプRが最初の愛車だというオーナー氏。インターネットを駆使し、予算内でできるだけ程度の良い個体を探していた。そしてあるとき、自宅からほど近い中古車販売店で1999年に製造された、後期モデルにあたるインテグラ タイプRを見つけて即決したという。念願だったインテグラ タイプRを手に入れることができたときの喜びは、言葉では言い表せないものだったことは想像に難くない。
基本的にクルマに乗るのは週末だけだとのことだが、手に入れてから4年間で7万キロを走破しているというから恐れ入る。住まいである関東から、東海・中京・関西方面にもこのインテグラ タイプRで出掛けるそうだ。後述する4ドアのオーナー氏ともイベントを通じて知り合い、交流を深めてきた。
オーナー氏のインテグラ タイプRへのモディファイは、ノーマルをベースとすることにこだわり、あくまでも控えめだ。このクルマのデザインに心底惚れ込んでいるオーナー氏の意向でさりげなく仕上げられており、特徴的な真紅のレカロ製バケットシートもそのままだ。目を惹くのは、発売されて今年で20年になるロングセラーモデル、RAYS製ホイール「TE37」である。軽量なホイールとして、サーキット走行を楽しむユーザーにも人気がある。このTE37を大経ホイールに交換するのはたやすいが、あえて純正サイズにこだわったという。
その他、無限製のリアスポイラーとマフラーが装着されており、アラフォー世代以上のクルマ好きが思わずニヤリとしてしまうモディファイだろう
年間走行距離が多いだけに、日々のメンテナンスにも抜かりはない。愛車のコンディション維持のため、各油脂類のチェックならびに交換は欠かさないという。
20代のころから恋い焦がれてきたインテグラ タイプRをようやく手に入れることができたオーナー氏。生涯のパートナーとして、いつまでも手元に置いておきたいと語る。穏やかながらも強い意思が感じられるオーナー氏の眼差しが、インテグラ タイプRを愛おしそうに見つめていた。
インテグラ タイプR 4ドア(DB8型)
その一方で、大胆なモディファイが施された4ドアのインテグラ タイプR。実はこのオーナーは20代なのだが、このインテグラの他にも左ハンドル仕様のアキュラ NSXを所有している。そのNSXも以前取材を行いGAZOOで紹介している。
※20代の青年があえて逆輸入車のアキュラ・NSXを愛車として選んだ理由
オーナー氏にとって、このインテグラ タイプRはアキュラ NSX以上に特別な存在なのだという。
それまで所有していたクルマが壊れてしまい、やむなく次の愛車を探しているときにこのインテグラ タイプRと出会った。購入した時点でホイール、マフラー、バケットシートなどが交換されていたそうだ。映画「ワイルドスピード」の影響を受けたというオーナー氏が「自分のためのマシン」を造り上げるべく、ここからさまざまなモディファイを施していくことになる。
コアサポートにまで手を入れたエアロパーツの装着、ステッカー類、ヘッド&テールライト、リアウィングなど。その変更点は多岐に及ぶ。いや、もはや多岐などというレベルではない。ほぼ「無数」だ。インターネットオークションで見つけたというエアロパーツも「他のクルマと被らないから」ということでチョイスした。事実、これまで1度も他のクルマと被ったことはないという。しかし、ヘッドカバーをホンダUSA製に交換した以外、エンジン関連はノーマルのままだ
そして、なんといっても強烈なインパクトを放つのが4枚のガルウィングだろう。ドアが上に跳ね上がるだけで、否応なしに気分が高まっていく。立体駐車場や雨天時の乗り降りは苦労が伴うが、ガルウィングであることがすべてを帳消しにしてくれる。トランクも通常の動きに加え、斜め上方向にも開閉できるようにモディファイされている。カッコイイことと不便であることは表裏一体なのだ。あれもこれもと欲張った先にあるものは、中途半端にまとまった姿だ。それでは尖ったクルマにはならない。
パールホワイトのアキュラ NSXを手に入れるまでは、イベントの参加はもちろん、買い物やドライブ、通勤など、すべてこのクルマ1台でこなしてきた。自分の理想と愛情を惜しみなく注ぎ込んだオーナー氏にとって、このクルマを超える存在はないと断言する。それほど思い入れが強いだけに、このインテグラ タイプRとの別れは想像がつかないという。
将来、スーパーカーを所有できたとしても、このインテグラ タイプRを超えるクルマにはならないと語る。オーナー氏にとってこのクルマは、あらゆる存在を超越した唯一無二の存在なのだ。
オーナー氏がやがてシルバードライバーになっても、また、この先どれほどの苦労があっても、このインテグラ タイプRは側に寄り添い続けるのだろう。いまから半世紀後にも、インテグラ タイプRのガルウィングのドアを跳ね上げ、腰痛に耐えながらクッションのないバケットシートになんとか座り、若い頃を懐かしんでいるかもしれない。
この2人のオーナーはそれぞれ同一車種を所有しているが、ご覧のようにモディファイの方向性はまったく異なっている。しかしながら、世代を超えてお互いにリスペクトしつつ、接し合っている姿が実に印象的だった。
現在のホンダには「タイプR」の名前を冠したモデルは発売されていない。ハイブリッドエンジンを搭載したスポーツカーとして話題となったCR-Zも、まもなく生産終了を迎える。いずれ2代目NSXにもタイプRが追加される可能性も考えられるが、多くのホンダファン、またスポーツカーファンにとって手の届く存在ではないことは確かだろう。しかし、メーカーのシンボル的存在として、この種のモデルは必要不可欠だ。実現にはさまざまなハードルがあるだろうが、かつてインテグラやシビックに設定されていた「より身近なタイプR」の復活を心から期待したい
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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