インテグラ タイプR 新車から半生を共にしてきた友
愛車はオーナーにとって単なる移動手段や趣味の対象といったものではなく、家族の一員や自身の一部と言えるほど大切な存在。そして、共に過ごした時間や思い出が積み重なっていくほど、その存在感もどんどん増していくものだ。
1996年7月に納車されたホンダ・インテグラ タイプR(DB8)と、そのオーナーである門屋 剛さん(53才)は、来年でちょうど人生の半分を一緒に過ごしたことになるという。
独身時代にディーラーで新車購入し、ジムカーナに勤しんだこと。結婚して家庭を持ち、新たに生まれた家族を産院まで迎えに行ったこと。日曜日にジムカーナから帰ってくるとタイヤなどをすべて降ろして、幼稚園に送って行くためのチャイルドシートを付けるというのがルーティンだったこと。そして、後部座席に並んで座っていた子供たちもいつの間にかすっかり大きくなってしまったこと。
26年の間に自身を取り巻く環境は目まぐるしく変化していったけれど「インテグラ タイプRだけは変わらずにそっと寄り添ってくれた」と朗らかに笑う門屋さん。
それだけ長い年月を共に過ごしてきた相棒だけに、朝起きてカーテンを開けた時に窓から姿が見えないと、心のどこかにポッカリと穴が空いたような気持ちになるという。メンテナンスや車検が終わればちゃんと手元に帰ってくると分かっているのに、だ。
「昔は、車検や修理のときに代車のマニュアルミッション車に乗ったあとなんかには、クラッチミートのぐあいやタイミングなどの感覚を取り戻すのに時間がかかったこともあったんです。でも、これだけ長く連れ添うと、しばらく乗っていなくてもクラッチの癖やハンドリング、加速の仕方まですべてを身体が覚えているので、合わせるのに時間なんかいらなくなりましたね」
そんな門屋さんの愛車であるインテグラ タイプRは、ライトウエイトクラスのインテグラをベースに運動性能を極限まで追求したスポーツバージョンで、NSXに続いて2番目に『タイプR』の名を与えられたモデルだ。
メーカーによるチューニングによって高出力&高回転化された専用エンジン『B18C Spec-R』を搭載し、クロスレシオの5速マニュアルミッションや軽量&高剛性化されたボディなどによって高い走行性能を与えられていたことから、門屋さん曰く「当時からジムカーナなどのモータースポーツや峠を走る人達が愛車として選ぶ傾向があった」という。
ボディタイプは2ドアクーペと4ドアハードトップの2種類があり「スタイルが好みだったのと、長く乗れそうかなと考えて」4ドアハードトップを選択したそうだ。
スポーツ走行性能の高さだけではなく、ファミリーカーとしても実用的な4ドアを選んだことが、これだけ長期間にわたって所有し続けることができた要因のひとつだったと言えるかもしれない。
「子供の頃から様々なクルマ雑誌を読んでいて、セリカやスカイラインRSターボのような速くてパワーのあるクルマに乗りたいという憧れがあったんです。とは言っても、そんなにお金があるワケじゃないから、走りも楽しめて私のお財布で何とかなりそうなクルマがインテグラだったんです。エンジンがVTECだったというのも決め手のひとつでしたね」
インテグラの前の愛車はシビック SiRⅡ(EF9)だったという門屋さんにとって、カムが切り替わったときの高回転の吹け上がりや、レーシングカーのような甲高い音とともに一気にパワーが炸裂するVTECエンジンがたまらないのだそうだ。
「もちろん個体差やメンテにもよると思いますけど、年式でいうとシビックよりも7年くらい新しかったので、オイル漏れの持病などのマイナートラブルが格段に減ったなぁという印象でしたね」と、改めて感心したようにうなずいた。
車重が軽く燃費が良いのもポイントで、1リッターあたり14kmくらいはあたりまえ、条件が良いときは17kmも走るというから驚かされる。
そんなインテグラ タイプRには、軽量化を徹底した故の特徴がいくつかあるという。例えば普通のクルマならフロアカーペットをはぐると施されているアンダーコートがわけだが、タイプRにはそれがない。そのため、雨の日に水溜まりを走ると前輪ではね上げた水しぶきの振動が足の裏に伝わってくるほどなんだとか。
ほかにもサイドブレーキの後ろのコンソールボックスがなかったり、純正のオーディオがそもそも装着されてないグレードだったりするのだと、明るく笑った。
「純正オーディオレスだったので2年間ぐらいはコンソール部分に穴がガッポリと空いた状態で乗っていました。結局はジムカーナを始める際に現地まで自走するので、交通情報や天気予報を知っておきたいと思って後付けしたんですけどね。最初はカセットテープ、次にMD、現在はiPodと、どんどん新しく便利になっていく機能に、やっぱり時の流れを感じちゃいます」
トランク脇に装備されるオートアンテナもオプション扱いのため、ゴム製のグロメットがぎゅっと差し込まれていたそうだが、9年前にボディを全塗装した時に埋めてもらったのだと、穴があった部分をさすっていた。
そして、パッと目線が少し上の方にいき「ついでにリア部分のこだわりを聞いて頂いても良いですか?」と控え目に口を開いた。
「リヤスポイラーを取り外しているんです。雑誌で見た時に、ボンネットからルーフ、トランクにかけての流れるようなラインがカッコいいと思っていたので、より強調されるスタイルにしたくて購入して3ヶ月目に外しちゃいました(笑)。このウイングが“タイプRらしい”部分でもあるのですが、私はシンプルな方が好きだから。でも、当時出場していたジムカーナのレギュレーションでは純正リヤスポイラーを装着していないといけなかったので、競技の時だけ付けていました」
一目見てすぐに分かるカスタムよりも、全体の雰囲気に馴染んでいてよく見ると…というカスタムが好みだという門屋さん。
「エンジンルームの中の色数は増やさないというのがこだわりです。ボディが黒で、エンジンのヘッドカバーが赤なんですけど、この2色で統一するようにしています」
高性能の青いプラグコードよりも少しランクが落ちる赤いプラグコードをあえて選択。バッテリーも黒いBOSCH製のものを装着しているそうだ。
自分の好きがギュッと詰まったエンジンルームは頻繁に磨いて綺麗にしているのはもちろん、ジムカーナを走っていた頃のクセでリザーバータンクキャップの脱落防止措置やバッテリー端子の絶縁処理などもつい確認してしまうのだとか。
「日々点検しているからか?いや、というよりはこの個体が当たりだったんでしょうね。細かいトラブルはありますが、26年の間に自走できなくなってレッカーを呼んだりしたことはないんですよ。インテグラはディストリビューターが突然死を起こして自走できなくなってしまうことが少なくないみたいなんですけど、私の場合はボディをオールペイントしてもらった板金屋さんの敷地内でそれが起こったんです。電話がかかってきて『ついでに直していいですか?』って。しかもその時に板金屋さんへ出張修理に来てくれたのが、普段からお世話になっているディーラーさんだったという(笑)。故障してもあまり大ごとにはならず、ずっと走ってくれているんです。なんだか偶然じゃない気がしてね。よーく分かってるんじゃないか?って」
過去に経験した1番大きなトラブルといえば、ジムカーナの競技中にゴールまで残り10数秒というところで2速にギアが入らなくなってしまったことだという。残りは何とか1速でも走り切れるコース設定だったため、そのままゴールして大会2位入賞となったのは忘れられない思い出だと話してくれた。そして、その帰り道もなんとか自走で最寄りのショップまで到達できたのだと、自分のことを自慢するかのようにインテグラをポンポンと叩いた。
勤続25年を記念してもらった1週間の休暇を使って岩手から鹿児島まで自走で旅行したときも、まったくトラブルなく走破してくれたという。
福島から新潟経由で北陸道を通るのがロスのない行き方だけれど、クルマ好きが集うことで有名な“大黒パーキング”にどうしても行ってみたかったということもあり、少し遠回りして関東まわりのルートで向かったそうだ。
「あのときは1週間で3400kmくらい走りました。なのにもっと走りたいと思ってしまうんです。次はどこに行こうかな?」と語る表情はとても生き生きとしていた。
走行距離23万6000キロを超えた愛車と門屋さんの道程は、まだまだ続いていきそうだ。
取材協力:盛岡競馬場(OROパーク)
(文:矢田部明子 / 撮影:平野 陽)
[GAZOO編集部]
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