28歳、板金のプロが自らの手で甦らせた愛車は1993年式日産 サニートラック ロング デラックス
1台のクルマを買うとき、多くの場合は何らかのドラマがあるように思う。
最初のステップは、雑誌やインターネットを駆使して気になるクルマの情報収集だろうか。そのうち実車を眺めてみたくなり、真夜中に自動車販売店のショールームの前で腕を組みながら、自分がオーナーになったときのシーンを想像したりするのかもしれない。
やがて、寝ても覚めても、気になるクルマのことが頭から離れられなくなっているはずだ。そうなると、あとはもうタイミングと勢いと縁だろう。それが1点モノのクルマであればなおさらだ。
今回のオーナーも「予算が届く範囲でいいから、いつか旧車を自分の愛車にしたい」と願っていた矢先に、今の愛車との思わぬご縁があったそうだ。そこで、さっそく話を伺ってみた。
「このクルマは1993年式日産・サニートラック ロング デラックス(以下、サニトラ)です。手に入れてから間もなく2年になります。以前から旧車が欲しかったんですが、予算と維持費がある程度抑えられそうなクルマはないかな・・・と考えていたとき『そうだ!サニトラだ!』と思い立ち、縁あって出会ったのがこの個体です。私は今、28歳なのですが、サニトラは生産されてから24年目なので、ほぼ同世代ですね」。
初代サニトラ(B20型)は、1967年に発売が開始され、日本では1994年まで生産されていたロングセラーモデルだ。「A12型」と呼ばれる1171cc 直列4気筒OHVエンジンの最大出力は52馬力。ロングボディの車両重量は730kg、最大積載量は500kgとなっている。なお、オーナーの個体は1971年にフルモデルチェンジを果たした、2代目にあたるサニトラ(B120型)となり、何度かマイナーチェンジが行われたうちの後期型にあたる。本来であれば、後期モデルのヘッドライトは角目のはずだが、この個体は丸目に交換されている。これも現オーナーのこだわりだろうか?
「本来であれば、後期型のヘッドライトは角目なのですが、この個体は手に入れたときから丸目に交換されていました。サニトラというクルマの性格上、商用車として使われていた個体が多かったみたいです。この個体も、購入してからボディのあちこちが傷んでいることが分かりました」。
今回の取材場所は東京都中央区にある築地・晴海周辺だ。ここは今でも昭和の雰囲気を色濃く残すエリアである。かつては、多くのサニトラたちがこの界隈を走っていただろう。いずれ、築地市場が豊洲へと移転し、周辺地域が再開発されてしまうと、もう2度とこの景色を見ることはできなくなる。そんな平成生まれのサニトラ、当時の基準であればボディの錆対策などが行われていたはずだが、実際はどうなのだろうか。
「設計が古いからなのか、それとも歴代オーナーの使い方なんでしょうか。年式の割に、ボディパネルのあちこちに錆があり、腐食した箇所は穴が空き、地面が見えるような状態でした。当初は軽くメンテナンスして乗るつもりでしたが、実は、私は板金工場を営んでおりまして・・・。それならこのクルマを、本来の美しい状態に甦らせようと決意して、仕事の後や休日を使って、徹底的に板金することにしたんです」。
この種の取材を続けていると、愛車に関する資料や画像を丁寧にファイリングしているケースがしばしば見受けられる。このサニトラのオーナーもまさにその典型だった。
「お客様のクルマだと、納期や予算の関係で『仕事』として向き合うことが求められます。しかし、このサニトラは私の愛車であり、時間外に作業しました。つまり仕事ではありません。どうせ板金するならこのサニトラのためにも徹底的に仕上げてやろう!と、半年掛けて仕上げました。正直、かなり大変でした。他にもスバル・インプレッサSTI(GRB型)、トヨタ・センチュリー(GZG50型)を所有しているので、雨の日にサニトラには絶対乗らないと決めていますし、できるだけ水洗いも控えています。それほどこのサニトラを溺愛しています」。
こうして、ボディのあちこちが錆びていたサニトラが、板金のプロフェッショナルであるオーナーの手によって美しく甦った。結果としてオーナーが経営する「幸栄自動車」のデモカーという役割を担うことになったようだ。
「このサニトラ、オリジナルのボディカラーは白だったようです。それが赤からシルバー、そして今のボディカラーに塗り替えられてきました。この色はサニトラの純正色ではなく、トヨタ・レビン(TE27型)のモスグリーンをモチーフにしています。調べた結果、ようやく当時のレビンのボディカラーの名前が分かったんですが、この色を作り出すための配合の割合が分からないんです。縁あって、トヨタ・セリカ(通称、ダルマセリカ)の当時のボディカラーを見せてもらう機会があり、1週間くらい悶々と悩んだ末に、経験と勘でこの色を作り出しました。それだけに、このボディカラーには強い思い入れとこだわりがあります」。
オーナーの思い入れが強いクルマは、おいそれと触れないオーラを発しているものだ。このサニトラも例外ではない。当時の新車をモディファイしたような雰囲気が漂う美しいサニトラ、オーナーが手に入れてから手を加えたところは他にもあるのだろうか?
「ホイールはエクイップ製に交換しました。メッシュ部分にゴールドを選んでボディカラーとのメリハリをつけています。フロントのチンスポイラーは社外品ですが、旧車っぽい雰囲気が気に入っています。リアの荷室には汎用のアルミ製ケースを据え付けましたが、それ以外は何も置かないのがポリシーです。それに、このスペースは土足禁止なんです(笑)。シートやカーペットなどの内装も知人に頼んで張り替えてもらいました。エンジンは敢えてノーマルのままですが、このサニトラは、徹底的に納得できるまで仕上げました。もし今後、手を加えるとしたらクーラーが欲しいですね」。
敢えてフルオリジナルにこだわらず、自分好みに仕上げる。旧車が好きだと語る若きオーナー。クルマのプロとして、いちクルマ好きとして、旧車のテイストを残すことも忘れない。
「最近はヘッドライトをHID化したり、ライセンスプレートや車内の照明をLED化するのも定番ですよね。でも、敢えてハロゲンのままです。その代わり、フロントグリルは敢えて中期型に交換したり、フロントの足まわりはトヨタ・カローラレビン/スプリンタートレノ(AE86型)用の車高調を組んでいます。このクルマの走りであれば、本来Sタイヤは必要ないことを理解していますが、フロント165/55 14インチ、リア185/55 14インチのサイズにマッチする銘柄があったので、見た目重視で選びました。決して声高に主張はしませんが、自分なりの解釈で、格好いいサニトラをとことん追求したつもりです」。
20代のオーナーが仕上げたとは思えないほど、ベテランのクルマ好きも唸らせるであろう、ハイセンスでまとめられたこのサニトラ。今後はどのように接していきたいと思っているのだろうか?
「私なりに、傷みの激しかった1台のサニトラを後世に残せたかな・・・とは思っています。懸念される純正部品の確保も、他のモデルに比べたらまだまだ安心できそうです。高騰している旧車の相場も、サニトラであれば、まだ現実味があるかもしれません。旧車の魅力といえば『形と音と匂い、そして不便さ』だと思うんです。一切の妥協なしで仕上げたこのサニトラを通じて、私より下の世代の人たちに向けて、クルマや旧車の楽しさを伝えていきたいですね。私としては、クルマ屋である前に、1人のクルマ好きでありたいんです」。
もはや、昭和という時代は遠くなりにけり・・・なのかもしれない。しかし、このサニトラは、平成から新年号へ移り変わる瞬間を目の当たりすることができそうだ。丸目の表情が何ともキュートなサニトラ、こんな素敵な商用車が存在していることを、これからも末永く後世に伝えてくれることだろう。
【撮影地:築地・晴海(東京都中央区)】
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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