世界に1台しか存在しない、ランボルギーニ・イオタSVR仕様のスズキ CARA(フル公認)
夢を叶える、憧れを現実にする。それは多くの場合、容易なことではない。
その高いハードルを実現させるために、さまざまな犠牲を払うこともあるだろう。あくまでも個人的見解だが、夢や憧れを現実にできるかどうかの指針のひとつに「本気度」があるように思う。それがモノであっても、職業であってもいい。万難を排してでも現実のものとしたいのか?そこまでではないのか?その答えは自分の中で既に出ているはずだ。これに「運」がプラスされて、初めて夢や憧れが現実に一歩近づくように思う。
例えば、宇宙飛行士になりたいとしよう。本人にその素質と適正があったとしても、JAXA(宇宙航空研究開発機構)が募集していなければ、そのタイミングを待ち続けるしかない。しかし、年齢を重ねていけばそれだけ体力は落ちるし、身体も衰えてくる。憧れを現実にするには、運を味方につけることも大切な要素だ。
しかし、このスズキ・CARAのオーナーは、憧れを「自ら造り上げることで」現実にしてしまった人だ。この個体がパーキングエリアに滑り込んできたとき、「何だあれは!?」と、周囲が一斉にざわついた。見た目は明らかに日本の軽自動車サイズなのに、佇まいはランボルギーニ・イオタSVRそのものだ。その場に居合わせた誰もが目を丸くしたに違いない。
そんな騒ぎをよそに、ランボルギーニ・イオタSVR仕様のスズキ・CARA(実はオーナーに伺うまではマツダ・オートザムAZ-1だと思っていた)が停車すると、あっという間に人だかりができた。隣に停まっているのは、美しく磨き上げられたフェラーリ348だが、存在感では互角か、それ以上かもしれない。さっそくオーナーに声を掛けてみた。
「このクルマ、ベースはスズキ・CARA(以下、キャラ)なんです。1994年に手に入れてから、23年間乗り続けています。当時、スズキ・カプチーノかオートザムから発売されていたAZ-1か迷いましてね。AZ-1の姉妹車にこのキャラがあり、たまたま新古車を割安で買えたんですね。AZ-1との違いといってもエンブレムくらいですし、キャラにはフォグランプが標準装備されていましたから、このクルマに決めました。当時から珍しいクルマだったので、AZ-1やキャラに遭遇したときは、追い掛けていってオーナーさんをナンパしていました(笑)」。
マツダ・オートザムAZ-1が発売されたのは1992年秋のことだ。翌年の1993年より、OEM車としてスズキから「キャラ」という車名で発売されたのがこのモデルだ。エンジンは、当時のスズキ・アルトワークスとほぼ同じで、排気量660ccの3気筒ツインカムターボを搭載。軽自動車で駆動方式はミッドシップ、2シーター、さらにガルウイングを装備していたAZ-1は、まさに異色の存在だった。このパッケージのクルマは、日本だからこそ実現できたモデルといえるだろう。
しかし、その特異なパッケージゆえに、AZ-1/キャラともに販売台数が伸び悩んだ。特にキャラは、生産台数が1000台にも満たないため、現在はもちろん、当時からレアなクルマとして、マニアの間では知られた存在だったのだ。
そんなキャラが、現在のようにランボルギーニ・イオタSVR仕様へと変貌を遂げるまでには、何らかのきっかけがあったはずだ。その点をオーナーに伺ってみた。
「私は現在、56歳です。スーパーカーブームを受けた世代の人たちより、少し上の世代になります。実は、小学生のときに1歳年上の女の子に恋をしました。男子なら誰もが憧れるような美人でしたね。その子の苗字が「三浦」だったんです。結局、この恋は叶うことなく終わりましたが、中学生のときにランボルギーニ・イオタSVRのベースとなるミウラの存在を知ったんです。あっ、三浦さんと同じ名前のクルマだ!と(笑)。そこからですね。ミウラに興味を持ったのは。大人になってから、そのミウラの頂点に君臨するのはイオタSVRだということが知ったんですね」。
憧れとなる存在を見つけるのは、人それぞれにストーリーがあると思うが、オーナーのようなロマンティックなきっかけも、実に素敵ではないかと思う。そして、その憧れは思いがけない形で現実味を帯びていくことになる。
「大人になり、キャラを所有してからしばらく経ったある日のこと、友人に『自分のキャラをイオタ顔にできないか』と相談を持ち掛けてみたんです。するとその友人が、パソコンを使ってイオタ顔にアレンジしたキャラのイラストを描いてくれたんです。それが格好良くて。それがきっかけとなり、キャラをベースにしてイオタ顔のクルマを造ってみようと思い立ったんです」。
ご存知の通り、ランボルギーニ・ミウラは、今やオークションなどでも億単位で取り引きされるようなクルマとなってしまった。ましてイオタSVRともなれば、手に入れることは不可能に近いと言いきっていいような存在だ。こうなると、自分には手が届かないと諦めてしまう人が大半だろう。しかし、オーナーは違った。本物のランボルギーニ・イオタSVRが手に入らないのなら、自分で造ることを決意したのだ。そして、構想から10年。ついにキャラをベースとした「ランボルギーニ・イオタSVR仕様(ステージ1)」が完成した。
「ステージ1では、フロントカウルを中心にカスタムしました。このカウルは、知り合いの板金工場に依頼して、マツダスピード製をベースにワンオフで作成してもらいました。この仕様をベースにして、ステージ2へと進化していきます。ここではフロントカウルを左右フェンダーと一体化させ、チルトカウルへとカスタム。さらにリアカウルの幅を広げ、全長も伸ばしました。そして現在はステージ3という位置付けです。ヘッドライト位置を横に広げて、リアも一体化させ、チルトカウルにしました。SSRのホイールを組み込み、念願だったディープリム化は、クルマのカスタマイズで知られるART OF WORK(アートオブワーク)にお願いしました。ある旧車イベントでミウラSV用のテールランプを破格値で入手し、装着しました。これは密かな自慢ですね」。
驚くことなかれ、このランボルギーニ・イオタSVR仕様は、大枚をはたいてカスタムショップに依頼して造らせたものではない。一部を除き、その多くはオーナー自らが造り上げた「作品」なのだ。絶妙なバランスで成り立っているボディワークも、オーナーの感覚値で生み出されたものだというから、もはや脱帽するしかない。リアのルーバーも、一部の加工はプロに依頼しているが、12気筒エンジンをイメージさせるファンネル(これはもちろんダミーだ)をはじめとして、基本的にオーナーの自作だ。しかもこれは、AZ-1/キャラはスケルトンモノコックボディであるという盲点を活かした、いわば「着せ替えパネル」である。もちろん、日本の法規に合致するように製作された「フル公認車」であることは言うまでもない。
「現在のステージ3の完成度は90%といったところでしょうか。残りの10%は、フロントフェンダーとタイヤのすき間が大きいことが気になる点です。しかしそこを煮詰めるとなると、フロントカウルを新たに造らなければなりません。今の雰囲気が気に入っていますし、敢えてこのままでもいいかなと思っています」。
高速道路のパーキングエリアなどで本物のランボルギーニ ミウラに遭遇したときは、意図的に隣のスペースにこのキャラを停めて、オリジナルのディティールを観察させてもらうのだそうだ。もちろん、ミウラのオーナーも興味津々でこのキャラをじっくり観察するのだという。何とも微笑ましい光景だ。
もはや、ランボルギーニ社がイオタSVRのレプリカとして公認してもいいのではないか?とすら思えてくる完成度とオーナーの情熱が込められたこの個体だが、もし、同じ仕様を造ってくださいと依頼が来たらどうするのか尋ねてみた。
「これはあくまで趣味で造ったクルマです。もし依頼が来ても断るでしょうね。僕は決してプロではありませんから」
取材の合間にも、気さくなオーナーの周囲にはこのクルマの写真を撮らせて欲しいという、観光客の姿が後を絶たない。日本人はもちろん、外国人の姿も多いが、1人1人丁寧に対応している姿が実に印象的だ。
最後に、答えを知りつつも、敢えてこのランボルギーニ・イオタSVR仕様のキャラを譲るとしたら?オーナーに条件を尋ねてみた。
「本物のミウラかイオタSVRと交換してくれるなら、喜んで譲りますよ(笑)」。
世界に1台しか存在しないであろう、ランボルギーニ・イオタSVR仕様のキャラが世に誕生したのは、このユニークさと遊び心があればこそだと確信した。あとは、このクルマの存在をランボルギーニ社の人々が知ってくれることを願うばかりだ。日本が世界に誇れる1台であることは間違いないように思う。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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