レーシングカート乗りだった22歳の大学生がサーキット走行の相棒に選んだのは、トヨタ MR-S改
「若者のクルマ離れ」という言葉が聞かれるようになってから、どれくらいの月日が流れたであろうか。スマートフォンやインターネットのプロバイダ料金など、かつては存在しなかった月々の固定費が掛かる時代でもある。今や若い世代に限らず、友人・知人とのコミュニケーションをする上で、スマートフォンやインターネットが必須であることは間違いないだろう。このように、クルマよりも優先度が高いものが増えたことも起因しているのかもしれない。
また、クルマ関連の趣味は、のめり込むほど湯水の如くお金が消えていく。エンゲル係数とは、本来は家計の消費支出総額に占める食費の割合を意味するものだが、これを「クルマのエンゲル係数」に置き換えたとしたら、それまで目を逸らしていた現実を目の当たりにして驚く人も少なくなさそうだ。
しかし、それと同時にプライスレスな体験が人生において財産にもなる。それは愛車と過ごしたかけがえのない時間であり、走った道であり、眺めた景色だ。助手席の人との会話も、忘れられない思い出となる場合もあるだろう。年齢を重ねてからでも遅くはないが、感性が豊かな若いときに体験しておいた方が、今後の人生に何らかの潤いを与えてくれるに違いないと信じたいものだ。
フロントバンパーに貼られたテープ、さらに、このクルマの内装にはロールケージやフルバケットシートが装着されているようだ。一見して走りを予感させる佇まい。そこには現役のマシンであることをさりげなく主張するトヨタ・MR-Sが羽を休めていた。1999年に発売され、2007年まで生産されていた、2シーターのミッドシップオープンスポーツカーだ。早いもので、MR-Sの生産終了から10年もの月日が経っている。現存する個体数が減りつつあるのか、街で見掛ける機会も少なくなってきたように思う。
MR-Sのオーナーは、今年の春から就活に臨むことになっている22歳の大学生。このクルマでサーキット走行を楽しんでいるという。運転席および助手席にフルバケットシートが装着され、Aピラーに沿うようにロールケージが組み込まれている。見る人によっては、このクルマの仕立てがドレスアップ目的ではないことがすぐさま判別できるだろう。
若きオーナーは、なぜこのクルマを愛車に選んだのであろうか?「全日本カート選手権に参戦していた父親の影響で、僕も5歳でカートデビュー。小学校5年生から高校生まではカートのレースに参戦していました。あるとき、今後の進路を考えた末、学業に専念することにして、カートは引退しました。でも、クルマやバイクは好きなので、趣味として楽しむことにしたんです」。
オーナーにとって3台目の愛車になるというMR-Sだが、これまでどのようなクルマを乗り継いできたのだろうか?「最初に手に入れたクルマは、街中で見掛けて好きになったアルファロメオ・147(以下、147)というイタリア車です。左ハンドルの5速MT車で、地元の成人式にもこのクルマで行きましたよ。イタリア車を選んだのは、幼少期に見たランボルギーニ・カウンタック LP400に魅せられた影響があったのかもしれません。しかし、度重なる故障に悩まされて手放しました。
その後、クルマ好きの仲間がホンダ車乗りだったこともあり、ホンダ・アコード ユーロR(CL-7型/以下、ユーロR)に乗り替えたんです。あるとき、事故に巻き込まれて廃車となってしまいました。次の愛車を考えたときに、レーシングカートのフィーリングに近く、学生の僕でも何とか維持できそうなクルマということで、このMR-Sを手に入れました。憧れの存在である、ロータス・エリーゼと同じエンジンが積まれている(このクルマのエンジンはトヨタ製)ことも選んだ理由のひとつです」。
147、ユーロRと、2台のFF車を乗り継いだ理由も、レーシングカートに興じていたオーナーらしい考え方がある。「カートでは経験することができなかったFF車の挙動をしっかりと勉強しておきたかったんです」とのことだ。それと同時に、ヨーロッパ車と日本車、それぞれの良し悪しを知ることになる。「147では、数値に表されない走りの楽しさに魅せられましたね。同時に輸入車にありがちな故障の多さにも悩まされましたけれど・・・。次に選んだユーロRは、故障はしないし、維持費も掛からない。その代わり、147にあった『走りの味わい』のようなものが感じられなかったんです」。
そして、今回手に入れたMR-Sだが、実は購入時からエンジンが載せ換えてあった個体なのだという。つまり、このMR-Sは「MR-S改」だ。「元々NAエンジンが好きというのもありますが、後付けで装着するターボやスーパーチャージャーでは故障が心配です。しかし、MR-Sに積まれている1ZZ-FE型エンジン(最高出力140馬力)ではパワー不足だと感じていました。そこで、よりハイパワーな2ZZ-GE型エンジン(最高出力190馬力)に載せ換えてあった個体を見つけ、購入を決めました。それが現在の愛車です。このクルマは1999年式なので、初期モデルにあたります。手に入れてから1年弱。8000kmくらい走りました」。
元々、レーシングカートも自分でメンテナンスしていたオーナーだけに、既にプロ並みの経験と知識がある。アライメント調整やブレーキ関係などはプロに任せているが、整備書を購入するなどして、できる限り自分でメンテナンスしている。これにはさまざまなメリットがあるという。「やはり、自分のクルマのコンディションは人任せにせず、きちんと把握しておきたいんです。それに自分でメンテナンスすれば、費用を抑えることもできますし、一石二鳥です」。オーナーはバイク好きでもあり、こちらのメンテナンスも自分で行っているという。「ホンダ・Dio(初代)、ホンダ・NSR50(通称「Nチビ」)、スズキ・バンディットを乗り継ぎ、現在はスズキ・RGV-γを所有しています。欠品している部品が多いので、長く乗り続けられるように情報収集とストックするための努力は惜しみません」。
繰り返すが、オーナーは現役の大学生だ。学業とアルバイトを両立させながら、クルマとバイクの趣味を楽しんでいる。しかも、ただ漫然と走っているわけではない。「サーキットを走る前提で手に入れたMR-S改ですが、前オーナーさんがドレスアップ志向の方だったようで、あらゆる箇所に手を加えなければならない状態でした。そこで、エンジンやミッション、デフなどの油脂類をすべて交換、ロールケージを組み込み、バケットシートと4点式シートベルトを装着。リアホイールのみエンケイの16インチホイールに交換し(ノーマルは15インチ)、アライメント調整を実施。GTウイングもワイヤーで補強、ブッシュ類やドライブシャフトブーツの交換など、限られた予算の中でも『安心して走れること』に重点を置いています」。
オーナーにとってこのMR-S改は、レーシングカートのセッティングを煮詰めるが如く、ひたすら理想の走りを追求するための存在のようだ。かろうじてオーディオは装着されているが、内装ははぎ取られており、現代のクルマには標準装備に近いものといえるカーナビもない。その代わり、助手席には4輪それぞれの冷間時と温間時のタイヤの空気圧を示す数値が書き込まれたボードが貼り付けられ、スマートフォン用のホルダーにはエンジンのセッティングが可能なA’PEXi製パワーFCが備えつけられている。このMR-S改のフロントバンパーは、本来であれば後期モデルに装着されているはずのタイプだが、フォグランプがある部分はガムテープで養生され、左右のリアフェンダーのダクトからは冷却用のアルミ製のホースが覗いている。細部に目を凝らしていけばいくほど、走ることに重点を置いたクルマであることを実感する。
しかし、せっかくのオープン2シーターのクルマなのだ。ときには屋根を開けて走ったり、デートカーとして使わないのだろうか。「天気の良い日には屋根を開けて走りますよ。元々、走ることが目的で手に入れたクルマですが、これは思わぬ副産物でしたね。それと、女の子を乗せるときは、事前にこのクルマのことを伝えておきます。いきなりこれで乗りつけたら確実に引かれますから(苦笑)。そんなシーンも楽しみつつ、このMR-S改のセッティングを徹底的に煮詰めて、クルマのポテンシャルを最大限に引き出す走りを追求していきたいですね」。
日本はもちろん、世界的にも希有な存在である、2シーターのミッドシップオープンスポーツカー。その多くは、フェラーリやランボルギーニなどのスーパースポーツカーに代表されるような、限られた人のみが手にすることができる特別な世界のように思う。しかし、このMR-Sやホンダ・ビート、ホンダ・S660など、より現実的な価格帯を実現し、日本の道路環境にも合致したクルマが存在する。
さらにいうと、オーナーのドライビングテクニックと、セッティングが煮詰められたMR-S改をもってすれば、サーキットによっては前述のフェラーリのようなスーパースポーツカーより速いラップタイムを刻むことも夢物語ではない。新車や中古車まで視野を広げると、実にさまざまな選択肢がある日本という国は、クルマ好きにとって実は非常に恵まれた環境にあるのかもしれない。その特権を大いに活用し、自分の懐事情と相談しながら、国内外のさまざまなクルマを乗り継いでいくことで得られる「日本に生まれたクルマ好きだからこそ味わえる豊かなカーライフ」があるように思えてならないのだ。
(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)
[ガズー編集部]
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