俺の相棒はコレしかない! 腕利きのハンターが選んだ平成2年式ハイラックス

愛車に対してのスタンスは人それぞれ。ピカピカに磨き上げてコンディションを維持する人、サーキット走行の相棒として手足のように操る人、より自分好みのスタイルにドレスアップする人……。そうした目的がハッキリしているほど、どのクルマを選ぶべきかは自ずと決まってくる。今回のオーナーである高橋博美さんにとって、絶対条件はリーフスプリングのピックアップトラックだった。
と、最初にこう書いても読んでいる方には何が何だか分からないだろう。まずは高橋さんのライフスタイルを簡単に紹介しよう。

岩手県に住む高橋さんは地元で飲食店を営む傍ら、昭和50年代の頭からハンターとしての活動を続けている。海や川における漁のキャリアも相当なものだが、もっとも力を入れているのは冬山での鹿狩りだという。

近隣の山ばかりか年に2度は北海道まで遠征しており、そのために購入したのが平成2年式のハイラックスである。高橋さんが「このクルマじゃないとダメなんです」と語る、ハンティングの相棒として不可欠な理由とは?

冬の東北や北海道を走るということで、4WDであることは言わずもがな。さらに獲物を積むための荷台を備えたピックアップトラックまでは容易に想像できるだろう。高橋さんのコダワリはその先にある。答えはスプリングが通常のコイル式ではなく、板バネといわれるリーフ式を採用していることだ。
その理由を高橋さんに教えてもらった。
「このあたりは積雪量が多く、しかも自分が走るのは山の奥深く。もちろん除雪なんてされているワケもなく、コイルだと隙間に雪が詰まって立ち往生しちゃうんですよ。ところがリーフのトラックは意外に少ない。平成3年式~平成元年式~平成2年式の3台を乗り継いで、トータルだと軽く20年は使っています」

コイルスプリングやトーションバースプリングが採用されたハイラックスは、サスペンションと上下のアームとの間に雪が詰まり、サスペンションの動きが抑制されてしまう。同時にドライブシャフトにも雪が干渉し、運動性能が極端に低下するのだという。逆にリーフスプリングの場合は、雪が詰まりにくく、また詰まったとしてもサスペンション機能が制限されにくい構造であり、また同時にドライブシャフトがホーシングにより守られているため動力の伝達にも影響がないという。

加えてハイラックスのリーフ式スプリングは、硬さや乗り味も高橋さんの理想どおりだったという。さらに歴代の愛車はすべて5インチほどリフトアップし、車高に合わせてプロペラシャフトのエンドを延長。こうしたカスタムや通常のメンテナンスは付き合いが深く、信頼できるテクニカルスタッフのいる地元ディーラーに依頼している。おかげで過去に大きなトラブルは一度もなく、その点もハイラックスを乗り継いでいる理由のひとつだ。
道なき道を走るのは日常茶飯事、獲物を探して沢を渡ることも珍しくない。クルマに対する徹底したコダワリは、過酷な大自然を相手に戦う生粋のハンターならではだろう。

ハイラックスが持つ雪道および悪路の走破性、そして長年の経験で得たノウハウを凝縮したカスタマイズ。これらは単純な利便性や安全性のみならず、他のハンターに対して大きなアドバンテージにもなっているのだ。
ただでさえ入れる場所が限られた雪深い山奥だけに、普通のクルマが行けるポイントには大勢のハンターが集中。ライバルが増えるばかりか、気配を察した動物たちが離れてしまうこともある。ところが高橋さんは一般的な4WDがギブアップする道を余裕で通り抜け、誰にも邪魔されず野生動物と対峙することが可能だ。『大きすぎず小さすぎず』という言葉が相応しいボディサイズも、その点で大きなメリットになっているとのこと。
タイヤはノーマルより大きな、ランドクルーザー純正サイズを装着。リフトアップした足まわりとのバランスもよく、40年に及ぶハンター生活で一度もタイヤチェーンを使ったことは皆無というから驚くほかない。

足まわり以外の部分にも、雪山でのハンティングに特化したカスタムが満載だ。たとえば前後に装着されたウインチ。クロスカントリー系の4WDではよく見かけるが、通常はスタックから脱出することを目的として、フロントに装着するケースが多い。ところが高橋さんのハイラックスは、リヤの荷台にもウインチを備えている。その理由は果たして?
「コレは仕留めた獲物を積むときに使うんです。鹿は大きなモノだと体重が180kgに達することもあり、ひとりで荷台に載せることは到底ムリ。また狩った鹿を美味しく食べるには、できるだけ早く血抜きと呼ばれる作業をする必要があります。肉に臭みが出ないタイムリミットは2時間といわれ、理想はその場で血抜きすること。ウインチがあれば木に吊るしてすぐ作業できますからね」

続いて室内に目を移してみよう。真っ先に視界に飛び込んでくるのは、ハンドルスピンナーと呼ばれる補助装置の付いたステアリング。切り返しの操作を楽にするためのパーツで、これ自体は特に珍しいモノでもない。写真では判別できないが、この状態でタイヤは少し右を向いている。要はステアリングのセンターが右にズレている、といえば分かりやすいだろうか。ココまで読んだ方には改めて説明するまでもなく、高橋さんなりの明確な理由があってのセッティングなのだ。
ただでさえ細く入り組んだ山道、まして冬となれば雪で道幅はよりタイトになる。運転席の窓から大きく身を乗り出し、路肩や木々を確認しステアリングを切り返すこともしばしば。1回でステアリングを大きく切ることができれば、時間を短縮できるうえ操作ミスの確率も減る。当然アライメントはこの状態でシッカリ調整されているため、直進安定性やタイヤの磨耗に対する悪影響はない。

そしてセンターコンソールには無線機をセット。40年ものキャリアを誇るベテランといえども、大自然の猛威を前にすれば人間はあまりに無力だ。山奥では携帯電話が通じないケースも往々にしてある。そんな場所でもし自走できないトラブルが発生したり、高橋さん本人がケガを負ったりしたら……? 想像しただけでも背筋が冷たくなってしまう。
ハンティングは野生動物を相手にするだけじゃなく、厳しい自然との戦いという一面もある。昔から『備えあれば憂いなし』と言われるように、常に最悪の事態を考えて行動するのが本当のプロフェッショナル。無線機は仲間と連絡を取る用途の他、自身に危険が迫ったときは命を救う道具になり得るのだ。

40年に渡り培ったノウハウを、細部に至るまで注ぎ込んだハイラックス。とはいえ年式的にはもうじき30年を迎え、経年劣化やパーツ供給の面で不安はないのだろうか。その点についても高橋さんに訊ねてみた。
「確かに新しいクルマじゃないから手に入りにくい部品はあるし、融雪剤の影響でボディの錆びなどは進行していますよ。でも私と同じ理由かは分かりませんが、この年式のハイラックスを必要としている人はいるんでしょうね。もう絶版になったかなと思うパーツでも、探せば意外と手に入るモノなんです」
エンジンは耐久性の高さで知られるトヨタのディーゼル。3代目となった現在の愛車は走行距離が27万kmに達するが、定期的にオイルを交換する程度でノントラブルという。ボディは錆びが酷い部分をパテで補修しているものの、仕上げは草木をかき分けて進むクルマと割り切り、美しさよりも手軽さや頑丈さを優先。実用性に特化したカスタムや高橋さんの人となりを見ていると、そうした部分にも割り切ったカッコよさを感じてしまう。
すべてはライフワークのハンティングを、安全かつ効率よく楽しむために。レーシングドライバーがマシンを操るのと同じく、高橋さんにとって手足のような存在のハイラックス。その関係はハンターと猟犬に近い、気心の知れたパートナーなのかもしれない。

オーナーの高橋博美さん。会社を経営する傍ら、趣味のハンティングはもちろん鮎釣りもプロ級の腕前なのだとか。インタビューの最後に冬場のハンティングの写真の掲載をお願いしたところ、「雪山でハンティングして獲物が獲れたとしても、北海道の寒さの中だったり、すぐにしめなければいけなかったりと時間との戦いだから、写真なんて撮っている暇はないんだよ」ということで、残念ながら一枚も写真は撮っていないそうだ。

ライター:佐藤圭

[ガズー編集部]