真夏の夜のトーキョードライブ。レクサス SC430

これまでオープンカーを運転したことや、所有した経験はあるだろうか。

オープンカー、コンバーチブル、カブリオレ、スパイダー…。ひとえに「オープンカー」と言ってもさまざまな呼び名や種類がある。ここでは「オープンカー」で統一したいと思う。

真夏の日中、オープンカーで市街地を走るのはかなり過酷だ。これが避暑地なら気持ちの良いドライブができるかもしれない。しかし、市街地では苦行に近いものがある。たとえエアコンを全開にしたとしても、だ。

そんな都会の真夏のオープンドライブは夜がお誂え向きだ。

オーナー氏にとって人生初となるオープンカーを手に入れようと決めたとき、あえてゆったりと乗れるモデルを探した。さすがに新車は高価だし、輸入中古車ではトラブルが気になる。日本車でオーナー氏の予算と希望に合致するオープンカー。意外にも選択肢が限られていることに気づいた。そこでオーナー氏が選んだのは、丁寧に扱われた中古のレクサス・SC430だった。

レクサス・SC430は、2005年から2010年に掛けてレクサスブランドで販売されていたオープンスポーツクーペだ。2005年よりレクサスが日本市場において展開を開始した当初から設定されていた、「GS」「IS」「SC」のひとつだ。メタルトップ製ルーフは、車内のスイッチ1つで開閉する。それに掛かる時間は30秒だ。

4.3L V8 3UZ-FE型エンジンは、3代目セルシオ(UCF31型)などにも搭載されていたもので、最高出力は280psを発生する。最近ではエンジンのダウンサイジング化が進み、クラウンの主力グレードにも2.0L 直列4気筒エンジンが搭載される時代となった。4.3L V8エンジンがもたらしてくれるもの。それは大排気量エンジンならではのゆとりだ。アクセルを力強く踏み込まずとも、車両重量が1,700kgを超える個体をスムーズに運んでくれる。その代償として、現行車種のような燃費は期待してはいけない。

30代後半に差し掛かったオーナー氏の愛車遍歴を伺ってみた。初代シーマや、2代目セルシオ、メルセデス・ベンツ560SEL、S600L、2代目ミニクーパーSなど、これまで「バリバリのスポーツカー」は1台も所有したことがないという。AT車で大柄なボディのクルマを、ゆったり走らせるのが好みとのことだ。それならば、6速ATのみの設定であるレクサス・SC430を選んだことにも合点がいく。

現オーナーはもちろん、ファーストオーナーもよほど丁寧に扱っていたのだろうか。生産から11年が経過し、8万キロを超える距離を後にした個体とは思えないほど隅々まで手入れが行き届いており、購入後もノントラブルだという。ホワイトパールクリスタルシャインという名のボディカラーに、内装はブラック&ノーブルレッドという組み合わせ。ワインレッドに近い色合いのレッドレザーが特徴的だ。一昔前の日本車なら考えられないような主張の強い色合いに惹かれたという。だが、控えめな性格のオーナー氏は、手に入れて2年近く経ったいまでも日中に屋根を開け放って走ることに抵抗があるそうだ。

その点、夜のドライブはいい。太陽光の下で見るといささか派手な印象を受けるレッドレザーの内装も、月明かりの下ではシックに映るから不思議なものだ。エアコンを効かせて走る真夏の夜のトーキョードライブ。それにしても、この開放感はどうだ!世の中にはサンルーフや広大なグラスルーフを備えているクルマもあるが、フル・オープンの開放感には遠く及ばない。この開放感は、一度味わったら誰もがやめられなくなるに違いない。見慣れた景色も、フル・オープンだと情報量がまったく異なる。都会の美しい夜景が濁流となって運転席に流れこんでくるかのようだ。エアコンの涼しい風に混じって、都会の熱帯夜特有の生ぬるい風がときどき頬をかすめる。景色だけでなく、音や匂いまでも五感で感じられるのだ。

普段は人気の少ない深夜に屋根を開け放って流しているというコースをなぞってもらった。取材したときは、ちょうど仕事帰りの人たちが街に繰り出す時間帯。丸の内の仲通りでは、レッドレザーのオープンカーは一際目を惹く。そしてレクサス・SC430は銀座方面へ。撮影のため、クルマの流れに沿ってゆったりと走って行くレクサス・SC430に同乗させてもらっていると、筆者の知っている銀座の景色とはまったく異なる光景が広がっていた。そして何より、銀座という街並みにレクサス・SC430が馴染んでいる。

その後は豊洲地区へ。ここは走りながらレインボーブリッジを望む夜景が見られるスポットでもあるのだ。開発が進むエリアだけに、いましか出逢えない光景があちこちに点在する。そんな移りゆく夜の街を走る瞬間が心地良いそうだ。

その後はお台場から羽田空港方面へ向かい、飛行機の離発着の「音」を楽しむオーナー氏。轟音に近いエンジン音を肌で感じられるのはオープンカー乗りの特権だ。そのまま首都高に乗り、流れに乗ってゆったりとレクサス・SC430を走らせる。ときには助手席に女性が座ることもあるだろうが、1人で走る時間も心地が良い。走るクルマに乗ると落ち着く性分なのだろうか。お酒を嗜まないというオーナー氏にとって、夜のトーキョードライブは、日常のあらゆるものから自分を解放してくれる「行きつけのBAR」のような存在なのかもしれない。

「夜の街をオープンにして流すのって、やっぱり気持ちいいですよね」。取材のあいまにオーナー氏がぽつりと呟いた。これがスポーツカーベースのオープンカーなら否応なしにペースが上がっていくだろう。しかしレクサス・SC430は、ソアラの最終モデルから転生したクルマでもある。「他のクルマたちの流れに乗る心地よさ」を味わう余裕を併せ持つ、上質な大人のパーソナルクーペなのだ。

人生初となるオープンカー。オーナー氏はこの取材を通じて、改めてその魅力に気づいたかもしれないと語る。この感覚は、自らオープンカーを走らせてみなければ分からない。物思いにふけながら、街の景色を眺めながら走るのもいいだろう。また、季節の移ろいを感じながら走ることも、オープンカーにのみ許された贅沢な時間の流れだ。無駄と贅沢は表裏一体かもしれない。いまや、燃費や実用性を重視したクルマが必要不可欠な存在であることはいうまでもない。しかし、レクサス・SC430のようなパーソナルクーペが持ち合わせる「無駄と贅沢が同居する世界」を絶やしてはいけないと思うのだ。

(編集: vehiclenaviMAGAZINE編集部 / 撮影: 古宮こうき)

[ガズー編集部]